アルニル

(ヌゴアルヌゴ前提)アルニル
レオ様がネクロス兵だったころ





「殺してしまいたい」

「へぇ」


僕の訴えに、彼はただいつも通り相槌を打っただけだった。
何故、とも、誰を、とも、聞いてはくれない。

ただ、剣の手入れをしながら、一言返されただけだった。


「でも、」
「でも?」

俯く僕を、彼は振り返る。

何故、今。
居心地が悪くなって、目を逸らす。

「言って御覧」

囁くように彼は言う。

柔らかい彼の声が、僕の乾いた心の奥深くに落ちてくる。
たまらない、手放せなくなる。


「嗚呼!」

「アルケイン?」

声をあげて、頭を抱える僕に、さして驚いたふうもなく彼は首を傾げる。
ただ、不思議そうに僕を見つめる。


「僕は」
「俺は、君になら殺されても、構わないよ」



「何故!」


何故、殺されても構わないのか。
何故、殺したいのが君とわかったのか。
何故、殺されてもとそんな穏やかな顔で言えるのか。
何故、
何故、
何故、


「というより」
彼は笑う。

「俺が君を殺したい」



「……はい?」

「俺が、君を、殺したい」


彼の言う意味がわからなくて呆然とする僕に、彼はもう一度、内容を強調するように繰り返した。

「どう、いう」

壁に背をつけて、ずるずると座り込む。

彼が紡ぐのであろう言葉は、聞きたくなかった。
けれど、耳を塞ぐ勇気も、問わない度胸もなかった僕は、聞いてしまう。



『どうせ』「どうせ」

『拙者は』「俺は」
『お主を』「君を」


『置いて逝って』

「しまうのだろうから」



『その前に』
「この手で」



――殺せたら、って――





同じことを言った、かつての恋人。
結局、『彼』はその言葉を果たさぬまま僕の前から消えていった。

彼も同じ。


きっとすぐに、いなくなる。



つう。

仮面の下から、涙が伝い降りた。


「君は、どうせ僕を、置いて逝くから」

絞り出す声が掠れる。
彼は、黙って聞いていた。

「君に、溺れる前に、消してしまえればと、思ったのに」

嗚咽。
いつぶりだろうか、こんな。



「殺してしまえればと、思ったのに」


そうだ、『彼』の遺した痛みが、治まるまで。
あの頃、以来。

想い出さないようにしていた、傷跡。


それを、彼が、掘り起こしてしまったから。
「もう、手遅れだよ。…君のせいだ」

ぱたぱたと床に落ちてはカーペットに吸い込まれる雫。


「すまない」
ぽつり。
彼の口から零れ落ちる言の葉に、耳を傾ける。

「不謹慎だとは思うが、嬉しいよ」
「?」



穏やかな、声だった。
不審に思って顔を上げる。

「レオ、ニール、…」
「嬉しいんだ」

戸惑う僕に、凛とした声が降り注ぐ。


かちゃりと剣を置いて、彼は僕の目の前にしゃがみこむ。

「手遅れなほど、俺に溺れてくれて、嬉しい」
「っ」


返す言葉が見つからない、とか。
彼より遥かに長く生きているのにみっともない、とか。
口より先に手を出すほど子供じゃない、とか。

頭は考えたけれど。


それでもやっぱり、体が動いていて。



「わっ、アルケイン?」
目の前の彼を、抱きしめていた。

彼は一瞬、傾いだ体制に驚きはしたものの、抵抗はせずにただすっぽりと腕の中に大人しく収まっている。


「僕は、君を殺したい」
「ああ」
「でも、殺したら後悔する」
「だろうな」

「でも、君は僕を置いて逝く」
「でも君は、俺を殺してもまた別の人間に恋をするだろう?」
「う」

彼の言葉に、行き詰まる。
彼は、軽快に笑った。


『別に、恋をするなとは言わないが』


また、『彼』の言葉が脳裏をよぎる。

『拙者が少しでも長く生きれば、お主の悲しむ回数も減るんじゃないか?』
少しだけな。

『彼』の、真剣な顔。
ついでいつも見せる、おどけた顔。


じんわり、また、涙が滲む。



「アルケイン、俺、考えてみたんだ」
「は、い…。なんでしょう?」

腕の中で、暫し沈黙していた彼が口を開く。


「俺が少しでも長く生きれば、君の悲しむ回数も、少しかもしれないけど、減るんじゃないかって」

「っ!」
息が詰まる。

「まあ、さっき言ったように、君を殺してあげることが出来たら、一番いいんだけど」


「君って人は…っ」
どうして、そんなにも『彼』と同じことばかり言うのか。

やめてくれ。

『彼』のときみたいに、突然、君を喪うなんて。


「……アルケイン?」
「僕には、耐えられない…っ」

さすがに、驚いたらしい。
彼の肩が揺れる。



こんなふうに、なりたくなかったのに。
あんな痛みは、もう二度と味わいたくないから、予防線を張っていたのに。

彼は意図も容易く入り込んできて、溺れさせて。


「罪な人」
ぼそり、呟くと、戸惑ったように腕の中の金髪が揺れた。

それを逃がさぬようにきつく抱きしめると、彼の手は、緩く、
僕の首へ、回った。



ねがいごとひとつだけ


ねぇ、まだ死なせてくれませんか。



110906
101228の地下牢からサルベージ