アルケイン 静かな夜だった。 風も凪ぎ、兵士は皆眠りにつき、まだ高く輝く満月の照らす城下の街すらも深く眠っている夜だった。 そんな日は廊下の突き当たりの鏡に映る自分が、自分と違う行動を取るのだった。 しかし、そんな夜など滅多にあるものでもなく、自分であり自分でない"彼"に会えるのは何十年かに一度、あるかないかであった。 まるでその"彼"に恋でもしているかのように、アルケインはその日がくるのをいつだって待っていた。 自分であり自分でない存在であるから愛しいのか、移ろいゆく世の中で唯一移ろわない存在であるから愛しいのか。 そんなことはわからなかったが、ただただ、"彼"と話をするのがアルケインは楽しみで仕方なかった。 ワインボトルを片手に、もう片手にはグラスを持って、突き当たりの鏡を目指す。 近付くにつれ鮮明に見えてくるその姿は紛れもなく自分で、しかし、"彼"は歩いてなければワインも持っていなかった。 間違いなく"その日"であることを確認したアルケインは、嬉しくなって足取り軽く鏡の目の前まで歩み寄ると、鏡の中の自分と額を合わせて微笑んだ。 お久しぶりねドッペルさん 君は、相変わらずワインは飲まないのですねぇ。 君こそいつまでそんなもので誤魔化しているつもりだい。 ← |