ヌゴアル

アルケインが戦場から帰ってくる度ぼやく言葉に、密かに眉を潜めるのはもう、ヌーゴの日常に溶け込んでいた。
その日も例に漏れず、戦場から帰ってきたばかりのアルケインはその言葉を吐き出した。
アルケインにとってもそれは日常で、半冗談で、決して叶うことがない願いな為残りの半分は本気ではないどころか意味すら持たないのであった。

――どうせ死ねないんですから痛みも熱さも感じなければ楽なんですけどねぇ。

斬られた傷も雷撃や爆撃魔法で負った火傷も、見る間に修復されて痕も残さず消えてしまうその身体。
けれどそれに痛みは伴い、炎に包まれれば熱いのだ。
そこで死んで楽になってしまえればいいのだがあっさり治ってしまって元通り動けてしまうだけに、それを幾度も繰り返さなければいけない。
ちっぽけな人間から見れば便利に見える身体も、手にしてみれば不便なものであるらしい。
けれど、だからこそ、ヌーゴはアルケインのその発言が好きではなかった。
そんな便利な身体を持っているくせに、贅沢な悩みだな、というような皮肉ではない。
感覚を失うというのは、ただでさえ人間離れしているアルケインが、更に、人間からかけ離れていくようで――己から離れていくようで。
そんなことにはならないとアルケインは言うけれど、ヌーゴとしては本当にそうなってしまったらと気が気ではないのだ。
それに――

「……なあ、アルケイン」
痛みや熱さを失うということはな。
今は、隣で眠っているその男の髪を指先で弄びながら呟く。
「感覚の、全てを失うことだと思わないか」
夜の褥に身体を埋めて、求め合う快楽も熱も、触れた指先から伝わる愛しさも感動も。
「……なにもかも、うしなうことだと」
そこで言葉を切り、冷たい頬に触れてヌーゴはそっと目を閉じる。
「こんなこと…言っても、仕方ないのにな」
分かち合いたいのは己のエゴで、相手は別段望んでいないかもしれなくて。
そのことに気付いてしまった途端、ヌーゴはその先が紡げなくなってしまった。
それでも、愛するひとをうしないたくないという想いが、冗談であれアルケインのあの発言を、大人しく飲み込むのを妨げるのだった。



そんなことを言ったならきみはかなしげにわらうのだろうね


(なんて、拙者を喪うのは奴のほうなのだが)
(ならばその痛みすら刻ませて欲しいと、感じずに過ぎ去らないで欲しいと思うのもやはりエゴなのだろう)





110920
110419の地下牢からサルベージ