アルニル ※病んでる 「すまない、ライブラ」 何が起こったのか、わからなかった。 一瞬の出来事。 「れ、お…?」 腹部に激痛。 掠れる声。 霞む視界。 揺れる世界で唯一、鮮明に捉えた、今にも泣き出しそうな、旧友。 「すまない」 もう一度謝罪の言葉を口にした彼の手に握られた彼の愛剣。 そこから滴る、鮮血。 それは、俺の血? 何故、仲間であるはずの彼に? 「すまない」 まただ。 謝罪の言葉。 「せめてどうか、安らかに」 お前のそんな悲しみに歪んだ顔を見ながら『安らかに』なんて、逝けるわけないだろう。 意味も、わからないままなんて、余計に。 抗議しようと開いた口からは、空気の漏れる音しか出なかった。 立っていることもままならなくなって、崩れ落ちる。 レオは、目の前にしゃがみこんで、俺の頬を優しく撫でた。 「本当に、すまない」 世界がうっすら闇に染まって、ほとんど見えなくなっていた視界で、彼の頬を涙が伝い落ちるのを、見た気がした。 「俺は、おまえが憎かったわけじゃないんだよ」 耳鳴りがひどくて、声が遠い。 「憎くない、けど、邪魔だった」 遠くに聞こえたその声が、胸に刺さる。 慈しむように触れていたその手が、何故だかひどく痛く感じた。 「だって、あの人の行く手をおまえが阻むから、だからいけないんだ」 聞こえる音の意味が、もうわからない。 「あの人の邪魔をするなら、俺は、おまえでも殺さなきゃ」 ただ、彼が泣いていることだけは、わかったから。 力が入らず頼りなく震える指先を、彼の頬にのばした。 「…っ。本当に、すまない、ライブラ……っ」 その手が果たして、そこまで辿り着けたかを、俺は知らない。 「おやすみ」 その言葉を最後に、世界は、闇に染まった。 「お別れは済みましたか、レオニールくん」 回廊に、足音も立てずに現れた男に、驚きもせずにレオニールは振り返った。 「ああ、待たせて悪かった」 「いえ。誰でも、大切な人との別れは辛いものです」 「大切な人、か…」 男の言葉を、レオニールは少し俯いて涙を拭いながら反芻する。 そうして、ひとつ大きく息を吐いて、顔を上げた。 「こいつが俺の『大切な人』で、きみは嫉妬したり、しないのか?」 「愚問ですね」 レオニールの問いに、男は口角を上げて笑みを見せる。 「君は僕と居るために彼と別れた、そうでしょう?」 「ああ」 男の答えとも問いとも取れるそれに、レオニールは迷うことなく頷く。 「ならば、君の『一番』『大切な人』は僕なわけですから。彼が君の『大切な人』であろうと、僕が嫉妬するには値しないわけです」 「そういうものか」 男の言い分に、レオニールは小首を傾げる。 「嫉妬して欲しかったんですか?」 レオニールの様子に、男は口元に手を当ててくすくすと笑う。 「いや…きみは嫉妬深そうだからな、遠慮しておくよ」 レオニールも小さく笑って返すと、男は、涙の残るレオニールの目尻に口付けて、肩を抱いてゆっくりと歩き出した。 それに合わせてレオニールも歩き出す。 「もう、邪魔者はいなくなりました。これからは、誰にも邪魔されずに好きなところへ行って、好きなことをして、楽しく過ごしましょうか。ね?」 「ああ。俺が死ぬまでずっと、きみを楽しませてやるさ」 |