ネフィ+ニル 戦いが終われば、そこに残るのは虚しい空き地と、埋葬されることのない死体と、墓標の無い墓だけ。 生きている者はと言えば、負傷して帰り遅れた敵兵を追い払う勝利軍と、仲間の手を借り、負傷した体を引きずってのろのろとその場を後にする敗北軍の兵たち。 かつては、そこにも村が存在していたのであろう平原での戦が、終了した日のことだ。 「こんなこと、早く、終わらせねば」 木の陰から先程まで激戦が繰り広げられていた平原を見やりながら呟く。 自分の生まれ育った町も、先日たまたま訪れたときにはこんな有り様だった。 この大陸で、戦争が続く限りは大陸の民に平和は訪れない。 国のはずれに位置する村や町なんかは尚更。 抗う術もなく侵略され、取り返すためにまた戦が起きては侵略され……。 そうして荒廃していく土地、破壊されていく故郷。 それを止めるためには、我々の国が、戦に勝利せねばならぬ。 己が仕える彼が――アキレス陛下が、大陸を統べることとなれば、大陸に真の平和が訪れるのだ。 国が国を屠り、新たな国を敷き、かと思えばまた壊され新たな国が敷かれるという負の連鎖が断ち切られるその日まで。 それまでは、勝ち続けねば。 「それもまた、戦をする理由と罪の盾になる」 「!?」 背後から聞こえた声に、振り返る。 すぐ後ろに、男――少年、とまではいかないが自分より随分若い――が静かに佇んでいた。 「いつから」 「全て、口からもれていたぞ」 気配も足音もなく現れた男に、何者だと問おうとすると、噛み合わない答えが返ってくる。 「貴様の考えていたこと、全て」 「〜〜っ」 ではなにか、俺は自分が独り言をもらしていたことに気付かぬほどに考え事に没頭していて、背後から男が近付いてきていたことにも気付かなかったと。 これは失態、大失態だ。 しかも、俺に目を向けることなく平野を見渡すこの男、よく見れば先程までこの地で戦っていた敵国の憎き国王、ネフィリムではないか。 護衛もつけず、一人であったが。 「く…っ、」 己の失態と情けなさを誤魔化すように、ネフィリムの首元に剣を突きつける。 まるで、無防備に敵将の前に現れた相手のほうが失態を犯したのだと下らない揚げ足を取る子どものように。 それがまた情けなくて、僅かに目を伏せる。 ネフィリムはそんな俺に動じることなく、ただゆるりと平野に向けられていた視線を俺へと運んできただけだった。 「貴様が此処で、余の首を取ることになんの意味があるか」 ネフィリムは静かに口を開いた。 「はっ、命乞いか」 思わずもれた嘲笑は、相手に向けてか、自分に向けてか。 「気付かぬか、愚か者よ」 しかしネフィリムはただ静かに告げるだけで、俺は顔をしかめる。 「どんな崇高な目的を掲げようと、貴様とてただの侵略者であるぞ。 貴様の嫌う、国を踏みにじり、新たな国を敷く、ただの横暴な権力に過ぎぬ」 「っ、黙れッ!」 切っ先が、否、手が震えて、剣がカタカタと音を立てる。 情けない、本当に。 ネフィリムの言うことは、わかっている、わかっていて、目を背けていた事実だ。 そうだ、俺がアキレス陛下を信じるのと同じように、他者には他者の信じる者が居るのだし、彼らを掌握することで彼らの想いを踏みにじっているのだ。 それでも、 「それでもッ、俺は…ッ」 「あの王を信じるしかない、か」 「っ、」 笑うでも無く、ただ淡々と言葉を紡ぐだけのネフィリムと、目を合わせていられなくなり、力の緩んだ手からは、握りしめた剣が落ちた。 芝の地面に鈍い音を立てて剣は転がる。 「近い将来、貴様は後悔することになるだろう」 それだけを言い残して、華美な装飾の外套を翻し、ネフィリムは踵を返す。 「後悔、なんて…、ッ」 そんなもの、もうとっくにしているさ。 それすらも言えぬまま、足音が遠ざかるのをただ、聞いていた。 幻想を追うエゴ 陛下をお慕いし、陛下に仕えていることには後悔はないけれど。 あの日誓った未来に嘘も偽りもないけれど、けど。 それを理由に、騎士として戦場に立つことに、戦場へ出たことに。 後悔していないと言ったら嘘になる。 国を出、法王庁を選んだ友人が、羨ましくないと言ったら、嘘になる。 それでも、それでも俺は。 大陸に住まう民のために、他国の誰かを踏みにじり続けるのだ。 110909 110103の地下牢からサルベージ ← |