→ぶらつく




こうしてても仕方ないけど、なんだか真っ直ぐ帰る気にもなれなくて。
のろのろと起きあがると、手入れなんてもう長いことされてない割にはそれなりに綺麗な非常階段を下って地上に降りる。
歩くたびに錆がぱらぱら落ちるのは致し方ない。
風雨に一番晒される外階段のくせに、その程度で済んでいるのだから、その階段を構成している金属を褒め称えたいくらいだ。
そんなアホらしいことしないけど。
地に足を着けると、別段、目的はなくふらふらと歩き出す。
そのうち本部に帰り着けばいいなってくらいだ。
面倒ごとには巻き込まれたくないし、フィッシュにこんなところ見つかったら今度は何されるかわかったもんじゃないから、一応周りは気にしながら歩く。
少し広い道の隅、武器商人が店を広げていた。
銃器系が多くて、どうも銃器と相性の悪いオレにはあまり価値のないものばかりがならんでいる。
「いらっしゃい」
「いや、通りがかっただけ。遠距離道具は苦手なんだ。悪いね」
「それは残念」
頭まですっぽりローブを被った商人の声は、男性とも女性ともつかない、中性的、というのとはまた違う、分類不明の気味の悪い声だった。
切れかかった外灯がチカチカと商人と商品を照らしている。
「テロリストさんかい?」
「そうだけど」
「国家転覆も大変だねぇ」
ローブの下の長い前髪、その隙間から覗く薄い色の瞳が、オレの喉元を見ている気がして、羽織っていたジャージのファスナーを目一杯まで上げる。
「奥にもっと色々あるけど、見てくかい」
「いや、ほんと通りがかっただけで。今は道具には困ってないし」
「それは残念」
感情だとか抑揚だとかのない声でさっきと同じようにあっさり引き下がったかと思えば、商人はそれきり喋らなくなった。
動きもしない、まるで置物のようだ。

「何してんの」
不意に後ろから声をかけられて、振り返る。
オレの背後十メートルくらい、丁度横のビルの陰から出てきたのであろうあたりに立ってこっちを見ていたのは、アルビノの青年、ダヴだった。
さっき、フィッシュを追いかけて何処かへ行ったのかと思っていたが……もしかして、フィッシュも近くにいるのだろうか。
そう思って、辺りを見回したり気配を探ったりしてみたけど、それらしい人物を見当たらなかった。
「何探してんの」
「いや、別に」
「ふうん?」
興味なさげに答えて、ダヴはこっちに寄ってくる。
商人を見つけて、訝しげに片眉を上げてまじまじと見つめた。
「いらっしゃい」
「!?」
ローブの塊のような商人が口を開くと、ダヴはびくりと肩を跳ねさせてオレの陰に隠れる。
まるで猫だな、と小さく笑うと、むっとした顔で睨まれる。
ダヴのほうが少し背が高いが、オレを盾に商人から隠れるのに中腰になっているから、睨むのも見上げられる形になる。
歳も確か彼のほうが少し上だったはずだけど、そうは見えなかった。
「ワタシ、なにかしたかねぇ」
ローブの塊は、小さく首を傾げる。
前髪がさらりと流れて見えた顔は、やはり無表情だった。
無機質な瞳と目が合う。
「さあ?コイツ、オレを呼びに来たみたいだから、行くわ」
「そうかい、要り用の際は、ご贔屓に」
「そんときにアンタに会えたらね」
背を向けて、ひらりと手を振って歩き出すと、ダヴが慌てて追いかけてくる。
よっぽどあの商人が気味悪かったようだ。
ちらりと肩越しに振り返って商人を見ると、また置物に戻っていた。

少し歩いて、横道に入って商人が見えなくなったところで、ダヴが口を開いた。
「なんだったの、アイツ」
「武器商人だろ」「そんなのわかってる、そうじゃなくて」
「それ以上はオレだって知らねえよ」
「……」
肩を竦めて見せると、これ以上は不毛だと判断したのか、ダヴは黙り込んで、それでも不満そうに唇を尖らせた。
「ところで、ダヴひとりでなんであんなところにいたんだよ」
フィッシュ追いかけてどっか行ったんじゃなかったのか?
問いかけると、お前こそ、と返ってきた。
「あれに懲りて、すぐ帰ったと思ってたのに、なんであんなとこいたんだよ」
「スパロウとフライに絡まれてその帰り」
本当はそれだけじゃないが、あながち間違いではないだろうとそう言ってみると、あああいつらかとダヴは眉を寄せた。
まあ、そんな表情になるのもわからなくはない、実際オレだって思い出しただけで溜め息吐きたくなるし。
「で、ダヴは?」
「……アマネが調べものがあるってどっか行っちゃったから、ひとりでとりあえず本部戻って。おまえがいなかったから、探してた」
「オレを?」
「かっ、勘違いすんなよ!別におまえが心配だからとかじゃなくて、アマネがこれ以上不機嫌になると困るからでっ」
「ああはいはい」
ツンデレうぜー。
「なんだよ、せっかく来てやったのに!」
「あーうん、アリガトー」
「ムカつくなあ」
棒読みで礼をすると、腕を組んで唇を尖らせるダヴがほんと年上に見えなくて、苦笑しつつ気になったことを問うてみる。
「てゆーかさあ、なんでオレが勝手するとフィッシュが不機嫌になんの?」
オレの苦笑が気に食わなかったのか、ダヴは眉間にしわを寄せていたが、小さなため息のあと、問いかけには答えてくれた。
「なんでカズミでアマネが不機嫌になんのかは俺だってよくわかんないけど。カナエに、おまえを会わせたくなかったみたいだ」
「カナエ?」
「あー…、リニット、だよ。おまえ、さっき話ししただろ、茶髪のゆるいスナイパー」
「ああ、やっぱあれがリニットだったんだ」
「気付いてなかったのか」
「だってオレ、あいつについてなあんも聞いてなかったもん」
肩を竦めると、はあ、とダヴは溜め息を零す。
リニットかも、と思った言動のちぐはぐな青年はやはり、スパイ活動中のナイツオブラウンドの幹部のひとりだったらしい。
「ともかく、もうほんと勝手な行動すんなよ。アマネの機嫌が悪いと俺だって大変だし周りだってとばっちり食うし、おまえだって次は何されるかわかんないし」
「へーい」
「なにその気のない返事!ほんとムカつくなあ!」

あはは、とのんきに笑いながら歩く足は、いつの間にかちゃんと帰路についていた。
前途多難な日々は、どうやら始まったばかりのようだった。
「うーんオレ、おんなじ無表情ならフィッシュよりさっきの商人のほうが好きだなあ」
「うえ、趣味悪っ!」



To be continued
100924