→此処で寝る




なんかもうめんどくさいし、動く気も起きない(っていうか今さっきスパロウとフライに削ぎ取られた)し。
このまま此処で寝ちゃおっかな、と、もう一度寝転がる。
月は、いつの間にか沈んでいて、目の前に広がるのは、ぽっかりと真っ暗な空間。
表世界の大通りからだいぶ離れているせいか、都会のネオンすらここまでは届いてこない。
聞こえてくる全ての音がラジオのノイズに聞こえて、なにもかもが、どこか関係のないところのはなしに聞こえた。
ぼうっと、そのノイズを聞きながら真っ黒な天井を眺めていると徐々にやってくる眠気に、うつらうつらしてくる。
その頃だった。
――トンッ
ノイズの中に、ひとつ、はっきりした音。
何者かが、このビルの屋上に着地した音のようだった。
先程のやかましいあいつらが戻ってきたのか、知らない誰かか、それとも――フィッシュ、だろうか。
眠り掛けていた意識を呼び戻して、目蓋を持ち上げる。
「あっ、やっと見つけたー」
聞こえた声は、想像していたどれとも違う、聞き覚えのあるのほほんとした穏やかな声だった。
「もぉ、帰ってこないから心配したんだよ」
「オウル…?」
半身を起こしかけた中途半端な姿勢のまま、首を回して相手を確認する。
「うん、俺だけど。どうしたの?」
呟いたオレの言葉に、彼は首を傾げながら近付いてきて、オレの隣に腰を下ろした。
「なんだよもー…驚かせんなよなあ」
はああ、と安堵の息を吐いて、ぺたりと背中を地面に戻す。
オウルはよくわからないって顔をしていたけれど、オレには関係なかった。
「そういえばカズミ、フィッシュに怒られたんだって?ダヴから聞いたんだけど…大丈夫だった?」
細くて長い指で優しくオレの髪を梳きながら、オウルは問いかけてくる。
心地いい、どこか、懐かしい感覚に目を細める。
「カズミ?」
「え、あ、ああ、生きてるんだし、大丈夫だろ」
「なにそれ、何されたの」
オレの答えに、心配げに顔を覗き込むオウルに、ああ答え方間違えたなあとぼんやり思う。
自分はそんなに眠たいんだろうか、思考が上手く働かなかった。
「ダヴに、聞かなかったんだ」
「というか、教えてくれなかった。知りたきゃ自分で聞けって」
「へえ」
「ねえ、なにがあったの」
「教えなーい」
「もぉっ、カズミったら」
回転の遅い思考回路でてきとうに応答していると、オウルの溜め息が聞こえた。
「ラークが思いっきりはたかれてたから聞いてるのに」
「ラークが?なんで」
予想外の言葉に、視線を持ち上げて問う。
「カズミに、余計なことさせるな、って」
「ああ、盗聴器のことか」
「多分そう。ラークはね。でもカズミは、リニットと接触したでしょ、フィッシュはそのほうが気に入らなかったみたいって、ダヴが」
「リニット?」
「茶髪で、どこかほんわりした感じの、スナイパー、かな」
「ああー…」
ほんわりしてるのはお前もだろ、と思ったけどそれは言わずに、先程会ったスナイパーを思い出す。
言動がちぐはぐだと思ったら、やっぱりあいつがリニットだったらしい。
「でも、なんで?」
なんで、あいつとオレが会うのが、フィッシュは気に入らないんだろう。
「俺だって知らないよ」
「だよなあ」
ほんと、厄介だなあとまたひとつ溜め息を吐いて、オウルを見上げる。
オウルは、オレの頭を撫でる手は止めずに、どこか遠くを眺めていた。
もう話は済んだのだろうかと目を閉じる。
「あっ、そうだ、うっかり聞かないままになるところだったカズミ、フィッシュと何があったの……って、こんなところで寝ないの!」
急にオウルの上げた大声にびっくりして目を開ける。
「な、なんだよ」
「寝るなら帰るよ」
オウルはそう言うと、ぱっと手を離して立ち上がる。
離れた手が、ちょっとザンネンだ。
「めんどい、動きたくないー」
もっと触れていて欲しくて、まるで小さい子供のように駄々をこねると、彼はしょうがないなあとでもいうふうに小さく息を吐いて、おんぶでいい?と問うてくる。
え?と首を傾げると、おんぶでよければ連れて帰ってあげる、なんて言うものだから、まあそれでもいっか、と、頷く。
「ん…」
「じゃあ、ほら」
隣にしゃがみこんで、向けられた背中に、のろのろと起こした体を乗せる。
オレの動きに、苦笑しながらもオウルはちゃんと背負ってくれて、歩き出した。
下の道から行くようで、非常階段をカンカンと降りていく。
その背中で、オレはまたうつらうつらし始めて、こてんとその肩に頭を預けた。
「懐かしいなあ」
「なにが」
「んー、なんでもなーい」
「ふうん……」
歩くその振動が、知らないはずの懐かしい背中が、やけに心地好くて。
その会話を最後に、オレは眠りに落ちた。



To be continued
100924