魚たちの追いかけっこ-2

 


ラークの口元に笑みが浮かんだ。
片手ではパソコンを打ちながら、もう片手で傍らに置いてあったケータイで文字を打つ。
見せられた小さなディスプレイに映し出されたメール作成画面の文字。
"向かいのビルの屋上"
そんなに近くにいたのか。
あちらからこちらの様子がはっきりとは見えないのと同じように、こちらからあちらの様子は伺えないから気がつかなかった。
スラッシュとレンがにんまりと笑うと、カーテンの向こうの奴らを見やるかのようにそちらに顔を向けた。
オレは、カーテンに影が写らないように、低い姿勢のままその部屋を出る。
「お前たちも、好きだろう?」
「そうそう、好きだよな?」
建て付けが悪く、開閉の出来ないドアの向こうの、楽しげなトーンなのにどこかぞっとする2人の声を背中で聞きながら、向かいから見えないようにビルを飛び出す。
「なあ、好きだよな」
「おい、なんとか言えよ」
連絡がつくようにとラークに渡された受信機から伸びるイヤホン越しに、嘲笑を含んだ彼らの声が聞こえる。
先日の戦闘時といい今回といい、スラッシュとレンはコマドリをからかって遊ぶのが好きらしい。
その間にオレは、奴らの死角を渡って、奴らのいるビルの隣のビル、その貯水タンクの上に移動する。
黒髪で長髪の男と、小柄ながら筋肉質な茶髪の男だった。
見下ろして様子を伺っていると、急に置いていた機材を抱えて反対方向へ、逃げるように走り出した。
「?」
感づかれたか、それとも見つかったかと眉を寄せると、イヤホンからラークの声が聞こえた。
『ごっめーん、探知してたのバレちった☆』
バレちった☆じゃねえだろ、かわいコぶったって可愛くもねーし!ばーか!と悪態をついても、受信機だけのこっちの言葉は向こうへは届かない。
『あちらさん、何人かも今の正確な場所もわかんないから追いかけないで戻ってきてねー』
「ったくもー」
脳天気なラークの声に、深くため息を吐くも、なんだか虚しくなるだけで、代わりに凹むほどタンクを思い切り蹴って元居たビルに飛び移った。
屋上から、排水パイプを伝って滑り降りて、カーテンの部屋に跳び蹴りをかますように思い切り飛び込む。
「ふぎゃっ!」
カーテンレールからフックが外れる小気味いい音に混じって、テーブルが倒れて転がる音と、情けない声が聞こえた。
構わず、カーテンの上にとんっと着地する。
「おー、盛大に帰ってきたな」
「きれーな蹴りはいったなー」
左右から呑気な声と緩い拍手で、スラッシュとレンに迎えられる。
「あれ、ラークは?」
「カーテンの下」
きょろりと室内を見回して、見当たらない人物を問うと今オレがふんずけている布の下にいるという。
そういえば平らじゃねーなと思って、足を上げるとずるずるとさっきの情けない声の正体が這いだしてきた。
「もうっ!なんなの!カズミから悪意しか伝わってこねー!」
「あはは気のせい気のせい」
「急に後ろからなんかきたと思ったらカーテン被さっちゃうし服踏まれてるしで様子もわかんないし!」
オレの蹴りが入ったらしい背中をさすりながら憤慨するラークに、スラッシュとレンがけらけらと声を上げて笑う。
まだ現場から離れてもいないのに、呑気なもんだよなと思いながらも、オレも一緒になって笑った。
フィッシュやスパロウの様子を見ていると、本当にひとつのグループなんだろうかと疑いたくなるときが多々あるが、この場は、間違いなくひとつのグループのようで、オレも、いつの間にかその中に馴染んでいるようだった。
「さぁーって、大した収穫もなかったけど、報告に戻るかあ」
ひとしきり笑ってラークをからかったあと、レンが伸びをしながら言う。
それに対し、なに言ってんだよとラークが首を傾げた。
「気付いてないの?これだって収穫だよ」
「はあ?アタマ使わなきゃなんねーことは苦手なんだ。もったいぶらないで、言え」
ラークの言葉に、スラッシュが眉を顰めて詰め寄ると、喧嘩売ってどうすんのとレンが窘める。
とはいえレンも意味がわかってないみたいで、首を傾げている。
オレも、ラークの言う意味がわからなくて、早く教えろと目で訴えた。
「あっちもバカじゃないってことだよ。特に諜報。思ってたよりもずっと厄介だ。気付くのが早い。きっと、同じ手には引っかからないだろうね、今度同じことしたらもしかしたら向こうが何か仕掛けてくるかもしれない」
「……嬉しくない収穫だな」
「そうかな。それだけわかってるんだから、こっちはその……そうだな、上の上辺りをいけばいいだけさ」
ラークの説明にレンが肩を竦めて溜め息を吐くと、何ら問題ないとラークはからから笑う。
それを聞いたスラッシュは、それなら簡単だなと納得したように頷いた。
が、どこが簡単なんだとオレはスラッシュを睨み上げたが、スラッシュが気付くことはなかった。
「じゃあ、それを報告すりゃあいいんだな。行こうぜ、レン」
「ん、おう」
報告は任せろとばかりにそう言って、ひらりと手を振って出て行くスラッシュを、レンが追いかける。
散らかった(概ね、オレが散らかした)部屋に残されたオレは、パソコンやら他の機材やらをしまうラークをぼうっと眺めていた。
普段はちょっとアレだが、やるときにはやる姿を見せた、ついさっきのこと。
そのあとの言動にイラついて思い切り蹴飛ばしてしまったけど、やれば出来る奴なのだ、あんなふうにヒットしたのは予想外だったが、そこまでする必要はなかったよな、と思って。
謝ろうかな、でも、なんていって?なんて考えていると、ふと顔を上げたラークと目が合った。
「どーしたの、そんなに見つめて。照れちゃうなあ」
「おまっ、ばか!」
人がせっかくちょっと反省していたというのに、しょうもないことを言うものだから(しかも、ちょっと頬染めやがって!)、思わず横から薙ぐように蹴飛ばしてそのまま背を向けると、走ってその場をあとにする。
「いった!ちょ、カズミ!?」
意味がわからないというような、それでも非難するようではない声が後ろから聞こえたけど、構わず走って、スラッシュとレンを追いかけた。


To be continued
101016