オミカゲ(病んカゲ)

カゲミツがすっと前触れもなく取り出したナイフに、オミは僅かに身を引いた。
それと共に一瞬強張った表情はしかし、すぐにいつも通りの余裕を湛えた笑みに戻る。
「そんなの、いつから隠し持ってたの。おっかないなあ」
「お前が愛してるのは、誰」
「もちろんおまえだよ、カゲミツ」
「うそつき」
オミの問いに答えず、代わりに問いを投げかけたカゲミツに、オミは呆れる素振りも見せずにさらりと答える。
対するカゲミツは、一言そう言い捨てるとオミにナイフの切っ先を向けた。
「じゃあ誰って言えばおまえは満足するんだい」
タマキと言えばふざけるなと憤慨するだろう、ヒサヤと答えればああやっぱり俺はあいつに適わないんだと言いながら何をしでかすかわかったものじゃない。
今度の問いには、カゲミツは答えないまま俯く。
近頃カゲミツはこんな感じで、何が不安で、若しくは不満で。こんなに理不尽な問いを投げかけてくるのかオミにはわからず、ただため息を零す。
そのため息がまた気に入らないらしいカゲミツはキッとオミを睨み上げた。
「オミ、オミ、俺は」
「わかってる。おまえがここでつなぎ止めてくれてるなら、俺はどこへも行かないから」
その言葉に動揺したのか、カゲミツの手が震えた。
突きつけられた切っ先が、薄皮を裂く。
その痛みにオミは僅かに顔を歪める。
カゲミツはそこから滲み出す紅を目にした途端、カタカタと震えだし、オミの表情の変化には気付かなかったようだった。
そんな、自分のことはこの際どうだっていいと、オミは何も言わないままカゲミツの手首を掴み、捻り上げる。
力の入っていなかったカゲミツの腕はさしたる抵抗もなく持ち上がり、その手からはするりとナイフが滑り落ちた。
からりと無機質な音を立ててナイフは床に落ちる。
何が起こったのか、理解できないというふうに目をしばたたかせるカゲミツを、オミは、何事もなかったかのようにふわりとだきしめる。
そうしてやれば、条件反射のようにカゲミツの腕はオミの背中に周り、首筋に顔をうずめた。
幾分落ち着いたようだとオミが安堵に息ををついて、とんとん、とカゲミツの背中を優しくたたく。
それを合図にカゲミツは背に回した腕を首に絡め、僅かに体を離す。
カゲミツの体が動いたのを見計らってオミがカゲミツを横抱きに抱き上げると、カゲミツは口付けを求めてすり寄った。
「なにか、嫌なことがあったんだね」
まるで、神聖な儀式やなにかのように恭しく額に口づけて微笑みながらオミは告げる。
「そんなものは眠って忘れてしまおう」
そう言って、次は唇へ。
それに満足したようにカゲミツは目を閉じる。
「おやすみ、カゲミツ」
最後に瞼に口付けて、また二・三日したら同じことを繰り返すのだろうなと思いながら、寝室に向かった。



101114
勢いって怖い