(@英雄0)↑





「っ、」
フェルトの前から去った後、暗闇の回廊で人形使いはがくりと崩れ落ちた。

奥に潜んで様子を窺っていたはずなのに、否、だから油断していたのであろう。
館内を迸る攻撃魔法の巻き添えを喰ってしまった。
「というかあいつら、人の家で暴れやがって…」
はぁっ、と息をついて、近くの壁に身を寄せて体重を預ける。
なかなかに出血がひどい。
治癒魔法は得意ではないが、これでも魔導師の端くれ、傷口を塞ぐくらいは、と、ローブを脱ぎ捨て手を翳したときだった。
「――ひどい怪我!」
響いた声に、まだ誰か居たのかと暗い室内に目を凝らす。
駆け寄って来たのは、黒髪の男だった。

その姿を視認するなり、人形使いはため息をつく。
しかし、男は気にすることなく人形使いの傷を覗き込んだ。
「ああこんなに、痛みますか?痛みますよね、もう少し我慢してくださいね」
「おっ、おい」
一方的にまくしたてる男に戸惑い、何をする気だと問おうとするがそう口を開くよりも早く、男は人形使いの怪我に手を翳していた。
「すぐ終わるので、じっとしていてくださいね、絶対ですよ?」
次の瞬間、ぽうっと男の手元から光が漏れる。
「治癒魔法…?」
「えぇ、私、軍医をやってるんです。ですからこれくらいすぐに…ほら」
男が穏やかに微笑んで手を退けると、たしかに、そこにぱっくりと口を開けていた傷は塞がっている。
「痛みはもう大分引いたと思いますが、できたら2、3日は大人しくしていてください」
「ああ、アンタあれだ、テオドアの」
男の言葉には答えず、思い出したぞと人形使いが言うと、男は一瞬ぽかんとした後、ご存知でしたかと笑みを浮かべた。

「いいのか?将軍殿がこんなどこの誰ともしれない奴なんて助けて」
「ふふっ、よく言われます」
嫌み混じりに人形使いが言うも、それを気にするでもなく、ましてや男は慣れていると言って笑う。
不思議な奴だなと肩を竦める人形使いの隣に、男は何も言わず、静かに腰を下ろして壁に背を預けた。
近すぎず、遠すぎない。
その距離に、人形使いも何も言わなかった。
「敵だとか味方だとか、知り合いだとかそうでないとか、関係ないんですよ」
「?」
「みんな同じ、命なんです」
どこか、遠くを見つめてそう言う男の哀しげな横顔に、人形使いは何か言いたげに口を開いたが、しかし何も言わないまま再び口を閉ざした。
男も何もない暗闇へ視線を投げたまま、黙り込んでいる。
「おまえ、戦争向いてないんじゃないか?」
暫し、なんと言おうかと考えていた人形使いだったが、これといっていい言葉も思いつかなかったので思考を投げ出して思いのまま問いかけた。
男の視線が人形使いへ向けられる。
「そう…、かも、しれませんね」
「ならなんで」
「誰かを、助けたかったから…、でしょうか」
「でしょうか、って」
そんなこと訊かれたって知るかよ、と人形使いが唇を尖らせると、男は、そりゃあそうですよねと小さく笑った。
「今もね、全軍撤退したと聞いて、取り残された人が居ないかと見て回ってたところだったんです」
そしたらほら、重傷人を見つけて。
そう言う男に、人形使いはついっと顔を背ける。
「俺は別に、置いてけぼり喰ったわけじゃねぇし」
「では、何故こんなところに?」
男は、本当に不思議そうに首を傾げる。
人形使いははぁっとあからさまにため息をついて口を開いた。
「ここは、俺の屋敷」
「!!」
ぴたり、男の動きが止まった。
表情も固まっている。
今度はなんだと人形使いが怪訝そうに見やると、男はズササッと音を立てて後退ったかと思えば、姿勢をぴんっと正し。
「人が住んでるなんて思わなくて!すみません!」
額を床に叩きつける勢いで土下座した。
「なっ!なんだよ急に!びっくりするだろ!」
「だっ、だって人様のお宅でこんなに暴れてしまって!本当にすみません!」
驚く人形使いの言葉が届いているのかいないのか。
男は一度顔を上げてそう言うと、もう一度額を床に擦り付けた。
「もういい、いいから!どうせ元からオンボロ幽霊屋敷だから!そんなに気にすんなよ!」
「そんな!余計気にします!」
人形使いが男に顔を上げさせて言い聞かせるも、男は首を振ってまた頭を下げようとする。


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