ケンエー(@ポップン)





ケンジさんちに居候エージェント





僕は、ここに帰ってきてしまっていいのだろうか。
いつも、思うのはそればかりで、アパートの前まで戻ってきても、二階へ続くその階段を上がることが出来なくて。
ケンジの部屋の窓から見える川にかかる橋に寄りかかって、吸えもしないタバコを吸ってる振りして、その窓を見上げて過ごす。
そこはケンジが窓の外を覗けば目が合う場所で、目が合えばケンジは手を振ってくれるから。
それを合図に、僕はああ今日もあそこにいていいんだと知って、やっと階段を登るんだ。
僕がケンジの部屋の前につく頃に、ケンジは丁度そのドアを開けて僕を迎えてくれて。
「おかえり」
だなんて。
ケンジに言われる前は、遠い昔に顔さえ覚えてないような人に言われたことばを、いつも。
僕はそれに慣れることが出来なくて、「ん。」と小さく返せば、ケンジは僕の手を握って困ったように微笑んだ。
「?」
「手、冷えてる」
「……」
「いつからあそこに居たの」
ケンジの問いに、僕は目を伏せる。
ケンジの瞳は、全部お見通しだと言いたげだったけど、僕は無視して笑顔を浮かべた。
「そんな、気にするほどじゃないよ。いつも言ってるだろ?部屋の中でタバコ吸うとアレだろうからって…」
「そんな言い訳のために無理するのやめたら?タバコ、ホントは苦手なんでしょう?」
「!」
驚く僕に、ケンジは「ほらね」と呟いて、握っていた僕の手を引いた。
玄関の一歩外にいた僕が中に入るとドアは閉められて、…抱きしめられた。
「け、ケンジ?」
「俺が気付くまで君がずっとあそこに居ること、ずっと知ってた」
肩に額を押し付けるように、まるで縋るように抱きしめられていて、ケンジの顔は見えない。
声は、努めて普段通りにしようと無理をしているように聞こえた。
「いいんだよ、君は、此処に帰ってきていいんだ……お願いだから、帰ってきて」
ぎゅ、と一瞬、抱きしめる腕に力がこもったと思ったらすぐに緩んだ。
「ね?」
そう言って顔を上げる、その表情はさっきと同じ困ったような笑みだった。
「う、ん…」
ケンジのその言動に、ああきっとほんとうに僕は此処に居ていいんだと思えて、ちいさく笑んで頷いた。
「だからね」
そう言うケンジにまた、手を握られて、今度はなんだろうとケンジの瞳を見つめ返す。
「帰ってきたら、『ただいま』って、言って欲しいな」
「…あ。えと……。た…、」
慣れない言葉に口ごもる僕を見つめて、ケンジは僕の言葉を待ってくれている。

「ただいま…っ」

「おかえりなさい」





ただいまって言える場所とかおかえりって迎えてくれる人とかって特別な存在だよねってはなし。多分


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