ケンエー(@ポップン)
「消えない傷って、あるんだよね」 一見しただけだと綺麗に見えるが、よく見れば傷痕だらけの手で猫さんの腹を撫でながら、彼は呟いた。 その横顔はひどく寂しげで、俺には聞こえていないと思っていたのか、彼がこちらを向くことはなかった。 「おまえは幸せものだなー、いい飼い主に巡り会えて」 彼がそう言うと、まるで言葉が通じているかのように猫さんが呑気に鳴いた。 台所で麦茶をいれていた俺は、グラスをふたつ手に、こたつ布団を剥ぎ取ったたげの卓袱台に戻る。 「なにか、あったの?」 ことりとグラスを卓袱台に置きながら問うと、彼は猫さんを眺めるように伏せていた顔を上げて俺を見やり、不思議そうに数度、ぱちりぱちりと瞬きをした。 なにが?とでも言いたげな視線に、その言葉そのまま返すよと思ったところで、ようやく合点がいったように彼は「ああ」ともらした。 「聞こえてたんだ」 「こんな狭い部屋だからね」 また目を伏せた彼に、おどけて肩を竦めながら答えると、彼は口元だけでちいさく笑った。 「なにもないわけないだろう?」 ぽつり、告げられた言葉は自重に似ていた。 それから顔を上げて、困ったように笑って言う。 「だって、人間だし。なにもない人間なんていないんだよ」 それは、なにかを隠している風で、けれど、問い詰めたところで答えてくれるはずもない気がして、俺は黙り込む。 少しして、ずるずると畳をする音を立てながら彼は、向かいに座っていた俺の隣まできて、俺に寄り添った。 「…エイジくん?」 「それでも、人間は少しでもその傷を癒したくてこうやって誰かに寄り添うんだろうね」
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