アルレオバレンタイン(@英雄2)





アルレオバレンタイン

敵陣に飛ばした白い鳩。
君は、気付いてくれるだろうか。





――オルガ解放戦線アジト。
ギャギャスの中身は暴きたいような、けれど、そのためにガムランを渡してしまうわけにもいかないしとそれとなく兵を送り、様子を見ていたレオは、突如舞い降りた一羽の鳩に首を傾げた。
「伝書鳩?……ギャギャスか?」
増援が必要なのだろうか、それにしてもギャギャスならば普段はリスやらなにやら森の動物を遣わせるはずだが、と考えながらしゃがみこんで鳩の足にくくられた紙を解いた。
そのあとも大人しく鳩はこちらの様子を伺っている。
「えっと……『2月14日の夜、僕らが初めて出会った場所で待ってます』?……、2月14日、今日じゃないか」
天を仰ぐ。
日はそろそろ真上に昇ろうとしていた。
「……ばか」
差出人は記されていなかったが、誰からのものかを察したレオは、紙を握り潰して小さく呟く。
「いまさら」
しかも、こんな日に。
「……会おうだなんて」
ふざけるのも大概にしろと、怒鳴りつけて、殴ってやりたかった。
そう、そのためだ、そのために、自分は彼に会いに行くのだと決めて、鳩の頭を指先で撫でる。
「おまえはもう、おまえの主の元へおかえり」
そう言って手を離すと、鳩は一つ鳴いて飛び立った。
その白い影を見送ったあと、自身も出掛けようと支度を始めた。



アジトを出る前、ティータに声をかけて出てきたレオが馬を走らせるのは手紙の相手が指定してきた、彼と"初めて出会った場所"。
見晴らしのいいヤムル平原のその外れ、小さな森を抜けた先にある小さな農園。
そこは数年前、道に迷ったレオが偶然訪れた場所で、その後わかりやすく案内されたその周辺は、暫く訪れることがなくなっていた今でも忘れはしない。
(いや、でもちょっと、迷うかも。ひとりで歩いたことないし)
考えながらひとり、平原で寒空を見上げる。
日はもう傾き始めていて、少し焦りを覚えた。
もしかしたら、帰ってしまうんじゃないか、と。
来ないってことも、罠だってこともないであろう自信はあるけれど、ただ彼が帰ってしまうのではないかということだけが不安で。
文句を言うためだと自分に言い聞かせながらも結局、彼に会いたい自分がいることに気付いたレオはちいさく苦笑すると、外套のポケットにねじ込んできたあの紙をもう一度、握りしめた。



――ヤムル平原の外れ。
かつて住んでいた小さな家。
一度は手に入れたヤムル平原の一部、たくさんの兵の協力とネフィリムのそれとない計らいももあってそこそこの大きさまで拡大させた葡萄農園。
その頃建てたこの小さな家はどちらかと言えば倉庫とか小屋とか呼ぶのが近いような建物で。
目覚めたときにとりあえずの定住地を求めてやってきたのが此処だった。
焼け野原となってしまった農園を再び立て直そうにも自分以外に人手はなく、手が行き届いたのは小屋を改装したこの家の周りだけの小さな農園。
それでも構わないと、しばらくは少し静かに暮らすのも悪くないと思っていた生活の中で偶然出会ったあの子。
思い出しながらアルケインはその家のテーブルに突っ伏して、指先で木目をなぞっていた。
日は傾き、地平線がうっすらと夕闇に染まる頃、遣いに出した鳩はアルケインの元へ帰ってきた。
返事は何もなかったけれど、鳩の足にくくっておいた紙はなくなっているし、きっと、受け取ってはくれたのだろうと信じてぽつり、この部屋で待つ。
テーブルの上に置いた真紅の薔薇の花束が視界に入り、ひとつ溜め息。
あの子に伝えたい言葉は山とあるのに、胸のうちでくすぶって苦しさを煽るのに。
「会えなければ、何も伝えられない…」
自分からその手を離したというのに、なんて、身勝手な。
(まずは、君に謝りたい……)
「レオ…」
小さく、小さく呟いて。
自分の腕に顔を埋め、そのまま暫しの眠りに落ちた。





レオがその場所についた頃、水平線に太陽は沈み、あたりを照らすのは凛と冷えた月明かりと、瞬く星のみになっていた。
森で迷いながらも抜け出た先は、小さな葡萄農園。
あの日、あの迷い込んだ日に見た青々とした葉はなかったけれど、間違いなくその場所であった。
人影を探して辺りを見渡す。
視界に入った小さな家、灯りはついていなかったが、もしかしたらあそこにいるかもしれないと思うと、レオの心臓は早鐘を打つ。
寒さなど気にならないくらい、頬が、熱い。
近くに馬を繋ぐのもそこそこに小走りに駆け寄り、戸惑いがちに掴んだドアノブ、しかしそれを捻る勇気が沸かず、ドアを見つめて立ち尽くした。
鍵が閉まっていたら、開いていても中に誰もいなかったら、いたらいたでどんな顔して会えばいい?
考え出すと止まらなくなり、レオは髪をかきむしったがやがて、こうしていても仕方ないと頭を振って、ドアノブを回した。
滑らかに回るドアノブ、少し引けば簡単に扉は開いた。
その開いた隙間から顔を覗かせて中の様子を伺う。
暗い室内、数少ない家具、テーブル、椅子、すべて記憶にあるままで、けれど、なにか違和感を感じて目を凝らして見れば、机に突っ伏す人物がいたのであった。


「アルケイン……」
ぽつり、その人物の名を呼ぶも反応はなく。
どうやら彼は眠っているらしかった。
それを確認したレオは、そこまで待たせてしまった申し訳なさと、呼びつけたのだから待っていて当然という気持ちと、なにより彼がいてくれた安堵に深く息をついて、そろりと室内に足を踏み入れた。
火の灯っていない暖炉は、ひどく冷たく暗く、ぽっかりと口を開けている。
その上に置かれた燭台には蝋燭が残っていて、無造作に近くに置かれていたマッチで明かりを灯した。
薄ぼんやりと室内が明るくなる。
それでもアルケインは起きる気配がなく、どうしようかと暫し考えたレオは、静かにテーブルに近付くと、椅子を引いて、アルケインの向かいに腰掛けた。
自らの腕に顔を埋めてしまっているアルケインの顔はレオには見えない。
彼が目を覚ましたらまず怒ればいいのか泣けばいいのか。
よくわからずに、起こす勇気もないままテーブルに置かれた薔薇を指先でもてあそびながら、アルケインの目覚めるのを待った。





――目を覚ませば目の前で揺れる金髪があった。
少しだけ上げた顔で、それを確認する。
のろりと緩慢な動きで持ち上げた腕でその金髪に指を絡めると、ぼうっとしていたのであろう青年は肩を跳ねさせた。
「あ、る…けいん…?」
「レオくん…」
アルケインの起きたのを確認するなり、レオは困ったように視線をさまよわせた。
アルケインの手は構わず、レオの髪から頬へするりと滑っていった。
「っ、つめた…っ」
レオは反射的にアルケインの冷たい手を払いのける。
それを気にした風もなく、君も充分冷え切っちゃってるじゃないですかと不満げな声を漏らしながらのろのろとテーブルから上体を持ち上げた。
「そっ、れは…!お前が、呼びつけたのにっ、寝てるから!」
未だ眠たげなアルケインの様子に、むっと唇を尖らせてレオはどっかりと椅子に座り直す。
そこで漸く調子が出てきたのか、ぺらぺらと悪態をつきはじめた。
呼んだくせに寒いし、わざわざこんな寒い日にこんな寒いところへ呼ぶ意味がわからないし、そもそも今日が何の日だかわかっているのかとその日のことを始め、アルケインに対して言いたかったこと、思ってはいなくとも潜在意識に沈んでいた鬱憤、疑問エトセトラをつらつらと並べ立てる。
アルケインは言い訳することなく聞いていて、怒りがすべて吐き出されたとき、一番訊きたかった問いと共に、ついにはレオの涙腺が決壊した。
その青い瞳からぼろぼろと涙を零して、その雫はまだあどけなさの残る頬を伝い落ちる。
「なんっ、で…ッ」
嗚咽混じりになるレオの声。
「な、んで、どう、してッ…」
睨むように上げられた視線は、迷子の子供のようで。
「どうして、裏切ったん、だよォッ…」
レオが言うのとほぼ同時、がたんと椅子が倒れる音が響いた。
ついで、レオの身体がふわりと抱きしめられる。
椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がったアルケインが、テーブルを避け、レオを抱き締めたのだった。
「すみません」
「謝ってほしいんじゃ、ない…ッ、どうして、理由をッ…!」
どうして、どうしてと言い募るレオに、アルケインはもう一度すみませんと応えただけで、レオは口を噤んでただ泣きじゃくった。


しばらくして、落ち着いたレオは、自身をただ黙って抱きしめて背中を撫でる男を見上げた。
「アル…」
「落ち着きましたか」
「う、ん…」
アルケインの問いにレオが頷くと、アルケインはそうですかと口元に小さく笑みを浮かべて離れる。
「あ…」
レオが寂しげに声を上げるも、先程倒した椅子を起こして、向かいの席に座ってしまった。





本当は3/14です嘘ついてすみません。どうにも書きあがらないので諦めてコキュートスにぽい。多分サルベージされることはないのでしょう、ごめんね。書き始めたのは2/14より前だったと記憶しております、多分


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