ギギ人形
しぬことがおそろしいとおもったのは、はじめてでした。 ぽつり、呟かれた言葉に、人形使いは振り返らなかった。 ただひとつ、ふうん、と相槌を打って、ベッドに突っ伏す男に勝手に喋らせておく。 二人の会話は大概がこんな様子であった。 内容がどんなことであれ、だ。 そのことに、はじめの頃はちゃんと話を聞いてくださいと憤慨していたギギも、最近は文句を言うのをやめた。 と、いうのも、この人形使いと名乗る男は案外ちゃんと話を聞いているのだ。 それこそ、なんてことない一言ですらきちんと記憶しているくらいには。 であるから、なにも文句もつけることなくギギは話す。 なんだか、死ってものが、今までピンときてなかったんですよ、物心つくまえから身近な人が死んでゆくのは、当たり前の世の中でしたし。 その言葉に、人形使いはぴたりと手を止めた。 音もなく机に横たえられたペンに、ギギは気付くことなく続ける。 遅かれ早かれ、死は誰にでも平等に訪れると、知ってしまってからは何事もどうでもよくなってしまって。 紡がれる言葉からは、なんの感情も感じられない。 まるで喋るという能力のみを与えられた、それ以外なんにももたない人形のようだと、人形使いは振り返ってギギを見る。 ギギは相変わらず、力なくベッドに突っ伏していた。 オフィーリア様に救われてからもそうです、万人に死を与え、いつかは私も死ぬんです、当たり前のように、いつか死ぬんですよ。 そんなもの、恐れるだけ無駄でしょうと呟く背中に、なにごとか投げ掛けようと口を開きかけた人形使いだったが、これといって今のギギに届きそうな言葉は思い当たらず、そのまま口を閉ざした。 二人の会話は、聞いていないのは実はギギのほうであった。 なにを言おうと、不安に塗りつぶされた心を吐き出すギギには届かないのだ。 とはいえど、それを彼が吐き出すことが出来るのは自分の前だけであると知っている人形使いは、ギギを止めようとはしなかった。 でも、今日は、怖かったんです。 目の前まで迫った剣が、恐ろしかった。 僅かに感情の入り交じった声に、人形使いは立ち上がった。 古びた椅子がぎしりと悲鳴を上げたが、ギギはそれも耳に入っていない様子で、それを知っている人形使いはギギのすぐ後ろまで歩み寄った。 それでもギギは気付かず、ただひとり、語る。 初めてですよ、あんな恐怖。目の前で燃え盛る業火にすら熱いとしか思ったことないのに。 そう語る現在は最早、死の恐怖に怯えるというよりも、初めての感情に戸惑い制御出来ない感覚に拗ねているようだった。 相変わらずベッドに預けられた力の抜けた体を、人形使いは後ろから抱きしめる。 ぴくりと跳ねた肩に、ああこれで声が届くようになったかなと思った人形使いは、ギギの耳元に唇を寄せ、それって俺のせい?と囁いた。 訳がわからないといった表情で人形使いを振り返ろうとするギギの耳元から唇を離さずに、俺を置いて死ぬのは、恐い?と問う。 そこで漸く納得したように、ああ、と息をついたギギを呆れたように眺めながら、人形使いはギギの答えを待った。 死ぬのが恐ろしいって人は、そんなふうに愛する人がいるからなんですね。 いや、まあ、それだけじゃないだろうけど、そんな理由もあるだろうよ。 どこかずれたギギの見解に溜め息をつきつつ答えてやると、溜め息なんて聞こえてなかったように、そうですねぇ、とギギは思考を巡らせる。 暫くして、貴方は、私を遺して死ぬことが恐ろしいですか。なんて問うてくるギギに、人形使いは、あのなあと肩を落とした。 何度言ったらわかるんだ、俺は別におまえを愛してないし、愛さないよ。 それは常々愛を語ってくるギギに対して返す言葉で、しかし未だにギギは諦めていなかった。 今回もその答えに特に気にした風もなく、私は他の誰が死んでも悲しいだけですが、貴方が死んでしまうのは、貴方を喪うのは恐ろしいです、と宣った。 人形使いは、そう、とだけ応え、ギギは続けた。 だから多分、それと同じくらい、死ぬことが恐ろしいんだと思います。 私が死のうと貴方が死のうと、私が貴方をうしなうということは、変わりませんから。 なんとなく強引だなと人形使いは思いながらも、どうやらギギの中では完結したらしい話に、ああ、そうだな、と相槌を打ち、抱きしめる腕からギギを解放した。 むくりと起き上がったギギは、くるりと人形使いに向き直る。 じゃあ、つまりは。 人形使いの前髪に隠れた双眸をジッと見据えてギギは提案した。 私が貴方を殺してしまえば、私は死を恐れる必要はなくなるわけですね? あんまりにも真剣な顔で告げられた言葉に、人形使いは、そーかもな、と投げやりに呟いてひきつった笑みを浮かべることしか出来なかった。
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