ドラマかいろわ
倉→神→←片←岸 で 倉+岸



そこにはなにひとつ存在しないのだ。


諦め癖がついてしまったのです。


ひとりきりの部屋でただひたすらパソコンに向かう。自分にはこれしかないから。
情報を、情報を情報を情報を。端から集めて集めて詰め込んでねぇほら貴方のために。貴方に必要として貰うために。貴方に。
「ちょっと頼みたいことがある」その一言で僕は有頂天。僕は貴方が大好き。初めて見掛けたときから、そう、出逢う前なんです、貴方が僕を認識する前。僕がただ一方的に貴方を知っていて貴方を愛した。
好き。
でも、叶うことがないことは知っている。報われることがないことなんて経験則から容易に想像出来てしまう。加えてどうだ、彼を詳しく知れば彼には意中の相手がいるではないか!
僕は21年という僕の上司と比べたら何分のいちも短い人生の中で培ってきた諦め癖をフルに働かせて、彼の隣にいるだけで幸せと思い込んだ。
そしたらほら、貴方は貴方のテリトリーに少しずつ僕を招き入れてくれて。たとえ仕事上の関係だったとしても僕は貴方の近しい存在になれて。ああほら、幸せ。
でも、彼の隣にいると見たくないものも自然と見えてしまうわけでして。諦めてしまったからもう悲しくはないけど、なんというか、すごく、むなしい。
「おい見習い、ちょっと」
「ノックくらいしてくださいよ」
「うるせーなぁ、おまえはいちいち」
感傷に浸って手の止まっていた僕を訪ねてきた男に僕はいつも通りに文句を垂れる。この男は単純だ。彼はきっと僕の手が止まっているのを自分が止めたのだと思っているだろう、それでいい。僕の感傷は僕しか知らなくていい。僕があの人を好きで、けどもう最初っから諦めていたなんて知っているのはぼくだけでいい。なにせ、諦めてしまっているのだから。
「それで、なんの用ですか」
機嫌の悪いふうを装う、仕事の邪魔をしないでくれといったような仮面をかぶる。そうしたら男は「おまえなあ」と困ったような呆れたような顔をするのだ。ほら、思った通りだわかりやすい。
「ちょっと調べて欲しいことがあってよ」
「ふふん、大雅さん、貴方の情報網より僕の情報網のほうが優れていると認めましたか」
「別に最初っから疑ってねーけどなに、その言い方。すっごい腹立つ」
「……」
「なぜ黙る」
「いや、その、なんか、そんなふうに言われると調子狂うっていうか」
なんだよ、馬鹿にしやがってって顔して悔しがって憎々しげに僕を睨み付けてくると思ったのに、その算段で次の言葉を用意していたのに。なんだかひどく予想外れの変化球にとっさに言葉が出なかった。
「なんだよそれ」
「いやほらだって大雅さんですし」
「なんだとこんにゃろう」
ああほら、これだよこの反応。なんでさっきくれなかったんだ。たまにこの男はわからない。わかりやすい男にわかりづらい行動をされるとやりづらくてかなわない。
「そもそもハッキングとかで潜り込んだりすんのは得意だけど細密なとこまで調べ上げんのはおまえのほうが得意だろ」
「どうしてたまに褒めるんですか」
「なんで嫌そうなんだよ」
僕が顔をしかめると、彼も顔をしかめた。それでいい。
不意に、ケータイが鳴った。デスクの上でちかちか点灯する小さな機械が垂れ流す音は個別に設定したもので表示を見なくても誰からだかわかる。僕はテンションを二段階ほど上げて電話に出た。
「もしもし零さん?どうしたんですか?」
電話に出るのと一緒に大雅さんに背中を向けた。彼が僕にどんな表情を向けているのかが少しだけ気になったけど振り返らなかった。
『今ちょっと平気か?』
「えぇ、大丈夫ですよ」
相手には見えないけど、浮かぶ笑顔。
『至急調べて貰いたいものがあるんだが』
「お安い御用です!今口頭で伝えるんでいいですか?メールにします?」
問いながらパソコンに向き直ってスクリーンセーバーを解いた。
『口頭でいい。それで、調べて貰いたいのが――』
零さんの言葉を聞きながら、途中だったページを残したまま新しいウィンドウを開く。零さん求める情報を広いネットの海から掬い上げる。
大雅さんが僕をじっと見ている視線を感じたけれど、黙っているだけだったから僕も何も言わなかった。
『ふぅん……そういうことか。……どうりで。わかった』
「ところで零さん、どこにいるんですか?」
『図書館』
「……図書館?」
電話の相手の求める情報を差し出したあと、そういえばと問いかけると彼らしくあっさりした回答が返ってきた。
「だったら最初っから僕に言ってくれればよかったじゃないですかあ」
『圭助だって暇じゃないだろ』
そしたら零さんと直接いっぱいお話できたのにとちょっと残念に思って少しだけ不満げに言うと、僕を気遣ってくれる言葉が返ってきて、少しだけ、動揺した。それを誤魔化すように、声を上げる。
「…っ。零さんの頼みは最優先っすよ!」
『あ、そ』
そしたら、そう、その。言うと思ってたよと言いたげな呆れたような物言いが僕は嬉しくって、また笑みが浮かんだ。零さんにわかっていてもらえるのがすごく、すっごくうれしい。
『いつもより遠くまで出てるんだ。帰りに土産でも持って行ってやるよ。何がいい?』
「土産っていうほど遠くじゃないんでしょう?零さんのオススメでお願いしますっ」
『めんどくせ』
聞こえた声は、彼の口癖で、その声音は常の通り楽しげだったから。彼は何か彼のオススメであって僕の好きそうだなってものを買ってきてくれるんだなって思って、また嬉しくなった。彼が僕のことを考えてくれる、僕のために時間を使ってくれることが嬉しい。
そこからまたいくつか言葉を交わして、電話を切った。零さんが来るのが待ち遠しい。
「なあ」
そこでまた、部屋に入ってきたとき同様無遠慮に大雅さんが声をかけてきた。なんだよもう、と、漸く振り返る。
「前から思ってたけど、やっぱおまえ、零のこと好きだろ」
大雅さんの言葉に、僕は特に動揺することもなく、常から用意している言葉を並べる。もちろん、対大雅さん用のちょっと小馬鹿にした笑みも忘れない。
「当たり前じゃないですか!零さんってほんと華麗で!僕だってシーフ目指してるんです、憧れるし、嫌いなわけないじゃないですか!」
「そうじゃなくて」
僕の答えに、眉をひそめて言葉を重ねる大雅さんに、少しだけ嫌な予感がして僕も眉をひそめた。
「恋愛感情の話」
「……!!」
「ビンゴ」


pRev | NeXT