03


夢を、見ている。
この前の夢の続きだろう、石造りの神殿、十六の偶像、祭壇、祭壇に寝かされた少女の遺骸、そして赤髪の青年。
青年は男とも女とも判別できない天から降る声と何かを話していた。

(不思議。彼の言葉だけが理解できない)

天の声は言葉として理解できるのに、青年の口から聞こえるそれは耳にしたことの無い響きで、確かに言葉なのだろうが何を言っているのか全く理解できない。
それでも会話ということで、天の声の言葉を繋ぎ合わせるだけでも何となくだが会話の内容は理解できる。
古の剣、天の声“ドルミン”、離れてしまった魂、偶像、偶像と対となった“巨像”、“巨像”を討つことが出来れば・・・。
離れてしまった、失われてしまった祭壇の上の少女の魂を、“巨像”を討ち、そして・・・呼び戻す、とか?会話の内容は大体こんなものだろう。魂を呼び戻す・・・蘇生、ということだろうか。相変わらず随分とファンタジーチックな夢だ。

―――突如として目の前が黒一色に塗り潰された。

『見つけた』

黒い世界に響いた声は、男とも女とも判別できない・・・これは

「“ドルミン”?」

『いかにも・・・捜したぞ、娘よ・・・』

「捜した・・・娘・・・私?」

『そうだ・・・娘よ、お前は選ばれた』

「選ばれた?」

いったい、何に?
しかしそう問う前に、突然に訪れた浮遊感。下へ、下へ、内臓がひっくり返るような、高い場所から落ちる感覚。
薄く開いた瞳にちらりと、鮮やかな赤が映った。

「っ!?」

突如身体を襲った激痛に息が詰まった。痛い、息が出来ない、苦しい、痛い、物凄く痛い。
自身を抱き締めるように蹲り、肩で息をする。荒くなった呼吸を落ち着かせようと、少しでもこの痛みを和らげようと。
肺を満たした冷たい空気。

・・・大丈夫か

聞いたことのない響きの音の連なり。これは言葉、だろうか。

思考が、停止する。

身体の痛みも忘れ、ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、赤い髪の青年。
無表情ではあるが、こちらを探るように見てくる青年の姿に、先程とは違う意味で息が詰まった。

(何が起こっているんだ)

目の前の青年も、青年の奥に見える風景も、夢で見たものだ。これは、夢?私はまだ夢を見ているの?
青年は何度も私に声を掛けてくる。しかし、やはり何を言っているのかわからない。しかも無表情なものだから何を言っているのか表情から推測することもできない。
何を返せばいいのかわからず沈黙し、ただじっと青年を観察する。夢か現か・・・いや、現実であるはずがない。あるはずがない、のに―――どうして、感覚があるのか。未だ身体はズキズキと痛むし、吸い込む空気は冷たく、どこかカビ臭い。掌から伝わる石畳の冷たさ。時折頬を撫でる生温い風。
夢ならば醒めろと、願えど願えど叶うことは無く。
沈黙したままでいると青年の眉間に段々と皺が深く刻まれていった。
伸ばされた手。まるでスローモーション映像でも見ているかのような、ゆっくりと、緩慢に、どこか恐怖を伴って、それはそれは“本物”らしく

「なんで」

声が、唇が、震える。
動きを止めた青年。瞳は見開かれ、私を凝視している。

「なんで痛いの?
なんで冷たいの?
ここは何処?
君は誰?
どうして私はここにいるの?

これは、夢じゃ、ないの?」

矢継ぎ早に問い掛けるも青年は何も答えない。訝しげな青年の姿に、もしかして、と思った。

(もしかして、私の言葉も通じていない・・・?)

彼の言葉が私に理解できなかったように、彼も私の言葉を理解できないのかもしれない。

「君は、夢なの?」

ゆっくりと、確かめるようにもう一度問うてみた。しかし青年は先程までの私の様に何も答えない。やはり言葉が通じていないのだろう。自分で夢か現か、見極めなければならないらしい。
夢か現か、それを確かめるのに最も有効な方法とは、感覚、特に“痛み”である。夢か現か確めるために頬を抓るというのは古典的ではあるけれど、痛みを伴うそれは確実な方法である。
それを考えるならば、今自身の身体を襲う鈍痛は現状が夢ではなくて、紛れも無い現実であることの証だろう。
確か・・・いつもより少しだけ早めにお風呂に入って、寝て、他に何かあっただろうか?いや、少々の時間の前後はあれど、行動自体は普段通りであったはずだ。それがどうしてこんなことに・・・。

おい

有り得ないことに呆然としていたら、これまで黙っていた青年が言葉を発した。
膝をついた青年に視線をやると、そこには先程までの驚愕の表情はなく、ただどうしたらいいのか・・・そんな困惑の表情を浮かべていた。

俺の言葉がわかるか

「・・・ごめん、何を言っているのか全然わからない」

先程までより幾分か声音も優しく、ゆっくりと話し掛けてくれる青年には悪いが、全くもって何を言っているのか理解できない。青年と見詰め合ったまま、二人で首を傾げ合うという何とも言えない微妙な構図になってしまった。そもそもこれ、本当に私に話し掛けているのかも疑わしいんじゃないか?
どうしよう・・・これが現実なのはわかったけれど、ここが何処だかわからないし、唯一頼れそうな青年とも会話での意思疎通ができない。これから私にどうしろと言うのか?
どうしようかと打開策を考えても何か思い付く訳も無く、ただ意味もなく辺りを見回すばかりの自分が嫌になる。
ここは私がいた世界とは異なる。確信にも似た予感。
打開策なんてあるのだろうか?もといた世界に戻れるのだろうか?何もわからない、どうしていいのか全く見当もつかない。
涙腺が緩む。俯き唇を噛み締め涙を堪えていたら、青年が立ち上がるのが横目に見えた。見上げれば青年は指を輪にして咥え、そしてピーッと、高い音が辺りに響いた。

(指笛?)

アグロ

「あぐろ?って、うあっ!?」

青年の言っていることが少しだけ聞き取れた。と言っても、意味はわからず音だけだが。
何のことかと首を傾げる間もなく、青年の言葉に応えるかのように黒い大きな何かが一瞬にして目の前に現れた。

「あ、あ・・・う、馬?」

それは黒い、大きな体躯の馬だった。確か、夢の中で見た青年が乗っていた。
もしかして、アグロというのはこの馬の名前なのだろうか。青年もその言葉を呟きながら馬を撫でているし・・・アグロはこの馬の名前で間違いはなさそうだ。
そんなことを考えながらぼんやりと青年とアグロと呼ばれた馬を見上げていたら、青年がこちらを振り返り、そして先程と同じようにゆっくりと手を伸ばしてきた。何をするつもりなのかはわからないが、先程とは違って恐怖は無い。手の行き先を目で追っていたら、それは私の腰へと伸びて

「ひゃっ!?」

いきなり腰を掴まれ、そのまま軽々と持ち上げられてしまった。急に視界が高くなったことに驚き、抵抗するのも忘れて馬鹿みたいに口を開けて青年を凝視してしまった。青年も驚いた様な表情をしているが・・・どうしたのだろうか。
しかし青年はすぐに無表情に戻り、そして私を黒馬、アグロの上へと押し上げた。青年が持ち上げた時よりも高くなる視界。高所恐怖症という訳では無いが、いきなりは怖い。落ちたら絶対に怪我をすると思う。
そう考えて落ちないように身を固めていたら、背に何か温かいものが触れた。そして背後からにゅっと伸ばされた誰かの腕。
驚いて顔だけで背後を振り返れば、目の前には誰かの胸板。少し上へと視線をやれば、とても近くに青年の整った顔があった。
馬上で青年に抱きかかえられるような状態になっていることに気付き、驚きと羞恥とで思わず叫びそうになった。
しかしそれは音となり響くことは無く。

「!!??」

急に走り出したアグロ。風景は石造りの神殿から草木の少ない荒野へと変わり、そして物凄い速さで流れていく。

(速い速い速い速いそして怖いぃぃい!!)

しかし揺れの激しい馬上では何か喋ろうと口を開けばきっと舌を噛むし、そもそも恐怖で声を出すことも出来ない。これじゃあ青年に文句を言うことも、速度を落として欲しいと言うことも出来ない。言った所で通じるとは思わないが。何処へ向かっているのか・・・とにかく、目的地に着くまではこのままなのだろう。
振り落とされないように必死でアグロのふさふさとした鬣に掴まり、何時終わるともわからない恐怖に、私はただじっと身を固めていることしか出来なかった。





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