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完璧に騙して欲しいだけ



「あーあ、本当に嫌になるなあ」

仕事用の椅子に座って心底面倒そうに溜め息を吐く臨也の傍に、コトリと珈琲の入ったカップが置かれる。

「何の事かは知らないけど、十中八九臨也の所為だよ」

「仮にも恋人に対してそれはちょっと酷いんじゃない?」

臨也が苦笑混じりに言うも、彼女は無言で小さく肩を竦めてキッチンに行ってしまった。


恋人とは言ったが、二人の間に愛と呼べるものは一切無い。
互いに中学校からの知り合いで比較的仲はいい方だったが、ただそれだけ。
少し前から同棲しているし、食事も一緒にとるしキスもする。
しかし、そこに愛は無い。

それを十分に理解しているにも関わらず、一瞬でも「愛されている」という錯覚に陥っている自分に心底吐き気がする。
臨也はキッチンから戻りソファーで雑誌を読んでいる彼女に視線をやり、再び溜め息を溢した。

「どうして君はそうなんだろうね」

「ん?何が?」

雑誌から目を離し不思議そうに自分を見る彼女に、臨也は拗ねた様に言う。

「こんなことなら、一緒に住んだりしなきゃよかったなぁ」

そんな臨也に彼女は呆れた様に眉を寄せた。

「言い出しっぺはそっちじゃないか」

彼女はやれやれと首を振り、溜め息を吐く。
そしてパタリと雑誌を閉じて欠伸をしながら脚を組んだ。

「言われた通りご飯も作ってるし、恋人っぽく振る舞ってるつもりなんだけど?」

「まぁ、それはそうだね」

「本当に愛したりはしなくていいって言ってたでしょうに」

だからこの話乗ったんだよ?
そう言って首を傾げる彼女に臨也は肩を竦める。

「確かにそう言ったのは俺だし、君は実に恋人らしく振る舞ってるよ」

「じゃあ何の問題も無いじゃないか」

心底訳が分からないといった様子で言う彼女に、臨也は優しく微笑んだ。

「俺は人間である君を愛しているけど、君は俺を愛していない」

「好きではあるけどね」

彼女は言外に肯定を返し、臨也は何度目か知れない溜め息を吐く。



元々これは、臨也の興味本意から始まった事だった。

「愛の無い恋人ごっこをしたらどうなるのか」

大概は互いに仮面を被り続ける事に疲れ、遅かれ早かれ崩壊する。
または、最初から壊れている人間の間でしか成立し得ない。

だからこそ、臨也は後者を実践しようとした。
そして声を掛けられたのが、臨也と似て非なる存在ではあるが同じく壊れた人間である、彼女。

自分を含めた全ての存在を「観察対象」と認識している彼女は、面白そうだとすぐに食い付いた。
そして二人で相談して決めた期限は、「どちらかが音を上げるか、飽きるまで」。

臨也は最初、前者は起こり得ないと思っていた。
少なくとも自分はそうならないだろうと。

しかし生活を続けていくうちに、臨也は気付かざるを得なかった。

自分の判断が過ちであった事に。


この実験は、綺麗に仮面を被せ合って互いを騙し合うだけなら、さして苦しい事は無い。
が、臨也は相手に彼女を選んだ。

彼女は、普段はそれと分からない程綺麗に仮面を被ってみせるのに、ふとしたときに躊躇い無くそれを脱いでしまう。
偽りの愛で出来た精巧な仮面の下には、個人に対する無関心。

彼女は悪意の片鱗も見せずにそれをやってのける人間だった。
その行為がどれだけ相手の精神を抉り傷付けるか、知っていながら。



「本当にもう、嫌になるね」

臨也はくるくると椅子を回転させながら先程と同じ様に愚痴る。

「我儘だなあ…じゃあ、臨也は何がお望みなのかな?」

呆れた様に、どこかおどけた口調で訊ねる彼女に臨也は苦笑を返す。

「大した事じゃあないんだけどさ」

そして臨也はぴたりと椅子を止め、ニッコリ笑った。




完 璧 に 騙 し て 欲 し い だ け




「騙すんだったら仮面は脱ぐな」

すると彼女は同じ様にニッコリ笑ってそれに答えた。

「イ・ヤ」


















――――――――――――――――――――――――
企画「小夜曲」様へ提出


不完全燃焼した感が否めない…
臨也はいつも落とす側なので今回は落とされる側に回って頂きました
毎回落とす側だと腹立つのでざまあ←

※愛ゆえの暴言・暴挙ですので悪しからず


参加させて頂き有難う御座いました^^


2011.07.20



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