短篇 | ナノ



『希望あり、頑張れ』



「よォ杞都サン」

「…おや、今日もいらしたか」

杞都と呼ばれた女は訪れた客を見てうっすら笑みを浮かべる。

「お客人は随分と甘味がお好きな様だ」

「だーから、俺はアンタに会いに来てんだけど?」

おどけた様子の杞都に、銀時はさり気無く近付いて手を取ろうとする。
が、

「貴方も大概、飽きない人だ」

するりと身を引き逃げられる。

「失礼、片付けをしなくては」

会釈をして、杞都は下がってしまった。
銀時は残念そうに溜め息をつき、席につく。

杞都と銀時は友人という訳ではなく、まして恋仲であることもない。
甘味処の店長と、その店の常連客。所謂顔見知り。
それだけの事だった。




ある日銀時は
最近新しく出来た美味い甘味処がある
との噂を聞き、その店を訪れた。
医師に糖分摂取を控えるよう言われている為、久々の甘味処への訪問に銀時は上機嫌だった。
早速甘味を注文し、出来上がりを待っていると、
暫くして着物の女性が盆を運んできた。

「待たせてしまい、申し訳無い」

女性は静かに甘味を置き、穏やかな声で言った。
大して敬語も使っていないが、何故か不快感を抱かせない雰囲気を纏った女性だった。

「おお!」

目の前に置かれた甘味を見て、銀時は子供の様に目を輝かせた。
それは想像していたものよりもずっと美しく、食欲をそそられるものだった。
口に含むとふわりと溶けるように甘さが広がり、自然と頬が緩む。

「お客人は今日初めていらしてくれた方か?」

「ん?まぁそうだけど…?」

ぱくぱくと甘味を口に運びながら言うと、女性はやはり、という顔をした。

「見ない顔だと思った。して、初めていらしてくれたお客人には感謝と歓迎の意を込めて代金を半額にしている事、聞いているか?」

「へ?いや、聞いてねーな」

銀時がキョトンとした顔をすると、女性はまたやはり、という顔をした。

「申し訳無い。此方の失態だ。本来なら来店の際に確認し告げるべきなのだが…彼女は尋ね忘れていた様だ。」

彼女、とは恐らく銀時を席に案内した従業員のことだろう。
女性はもう一度頭を下げ、謝罪した。

「あー、イヤ、別にいいって。結果的に半額にしてくれんならそれでいいワケだし」

銀時は面倒臭そうに頭を掻き、女性を見やった。
彼女は少しばかり顔を上げる。
そして銀時を見て、

「申し訳無い。お客人が心の広い方で良かった」

僅かに眉根を寄せ、ふと安堵した様に笑った。
その美しさに思わず見惚れる。

「しかし、やはりこのままでは此方の気も済まない」

女性の声にハッとして、いつものかったるそうな顔を作る。

「何、何かあんの?」

「今回の分の代金は貰わない。ただ、次回からは通常の価格で品を提供させて頂く、という事でどうだろうか?」

女性の提案に銀時は少しだけ驚いた様な顔をして、

「そちらさんがそれでいいなら俺ァ構わねーけどよ…」

寧ろ金浮いて助かるしな
等とおどけてみせる。
その言葉を承諾と取ったのか、女性は緩く微笑み、

「礼を申し上げる。全員に伝えるようにはしておくが、一応これを。」

そう言って女性は自分の名刺の裏にさらさらと文字を書き、銀時に渡した。

「何コレ」

「会計の際に見せれば対応するだろう」

軽やかに流れるような文字は崩してあるにも関わらず読みやすい。
名刺を引っくり返すと、“店長”の文字。

「あーらら店長サンだったの」

「ああ。千咲 杞都だ。以後見知り置きを」

銀時の呟きが聞こえていたらしく、杞都は小さく頭を下げた。

「綺麗な名前してんのな」

「有難う」

言いながら視線を流せば、ふわりと微笑んだ杞都に目を奪われる。
緩く首を傾げた際にシャラリと小さく鳴る簪の飾り。
優しげに細められた目。
綺麗な弧を描く口許。
全てが何処か神秘的で、吸い込まれる様に銀時は見入っていた。

「?…私の顔に何かついているか?」

不思議そうに訊く杞都の声に、現実へと引き戻される。

「!…あーいや、何もついてねーよ」

強いて言うなら目鼻口、あと眉とか?
等とおどけてみせるが、銀時の心臓はいつもより忙しく動いている。

「ククク…お客人は愉快な方だな」

可笑しそうに笑う杞都の顔は、先程と違い幼子の無邪気さが残るものだった。




「お、杞都サン今度…」

「おやもうお帰りか。お気を付けて」

帰り掛けに声を掛けるもサラッと流されてしまう。

「……」

何で俺こんな報われねーの?
入り口付近でシクシクとうっすら泣きながら落ち込んでいると、

ふわり

「?」

肩に何か掛けられた感触。何かとそちらを見上げれば、困り顔の様な表情の想い人。

「そんな所に長く居ては風邪をひいてしまう」

もう寒いのだから
という言葉を聞きながら己の肩を見れば、彼女の物であろう黒の肩掛け。

「だって杞都サン仕事ばっかだしィ?俺が声掛けても相手してくんねぇしィ?」

ああ思い出したら切なくなってきたわ
ははは、と乾いた笑いを浮かべる銀時に、杞都は小さく溜め息を吐く。

「仕方無いな…」

「ん?」

小さく呟いて何処からか栞の様な物を持ってくる。

「これを」

差し出された栞を見ると、何かの葉が挟まれていて押し花の様だった。

「?…何だこれ?」

銀時は不思議そうに葉と杞都を見比べる。

「花に詳しい人に尋ねてみるといい。“此の言葉を贈る”と言われた、と」

杞都はクスクスと笑いながら店に戻っていく。
一人残された銀時は首を捻り、手の中の栞を見つめていた。

その葉が薔薇のものと発覚するのは、そう遠くない。















薔薇の葉の花言葉「希望あり、頑張れ」






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