獣
自室で煙管をふかす高杉の視界の端で、障子の向こうに突然人影が現れた。
「お呼びですか総督」
それは高過ぎず低過ぎない心地好い声で彼を呼んだ。
「よォ。首尾はどうだ?」
高杉が紫煙を吐きながら影を見やると、視線の先の人物は膝をつき面を下げたまま答えた。
「万全です。抜かりありません」
「そうかい」
高杉は人影に部屋の中へ入るよう促す。
失礼します、と言い物音も立てずに入って来たのは
長い黒髪を高い位置で1つに結った1人の女だった。
「ククッ…誰も来やしねーよ、普通にしてろ」
恭しく礼をする彼女に、高杉は楽しそうに言った。
「…人払いをなさったのですか?」
「さァな」
彼女の問いに対して曖昧に答える高杉を見、呆れた様な表情を浮かべる女。
「全く…大事な事なんだから真面目に答えて欲しいもんだ」
女は溜め息を吐いてあぐらをかき、片膝を抱えた。
先程とは全く違う態度の彼女を気にも留めず、高杉は楽しそうに笑っている。
「言わなくても分かってんだろ?杞都」
杞都と呼ばれた女はまた溜め息を吐いた。
「あのねぇ、私だって万能じゃないんだ。何でも分かるわけじゃないんだよ」
まぁ今のは分かってて聞いたんだけどね、と杞都は悪戯っぽく微笑んだ。
「性質の悪ィこった」
「おや、人のことを言える身か?」
上機嫌に言う高杉に、おどけて答える杞都。
「なァ晋助」
「あ?」
先程と目の色を変えた杞都に、高杉は内心ほくそ笑んだ。
「最近地味な仕事ばかりで少々ストレスが溜っているんだが…」
冷静な口調とは反対に、杞都の瞳の中では押し殺し切れない殺気がギラギラと鈍く光っている。
「ククッ…相変わらず良い獣飼ってんなァ」
至極愉快気に笑い、杞都の瞳を見る高杉。
「いいぜ。暴れて来いや」
その一言を聞くなり杞都は目を輝かせ高杉に抱きついた。
「さっすが晋助!話が分かるな!!」
そして杞都は高杉の耳元に唇を寄せ、
「殺していいんだよな?」
酷く妖艶に、狂気を紡ぐ。
「クク…テメーの好きにしろ」
「後悔しても知らないぞ?」
簡単に許可する高杉に、笑って言う杞都。
すると高杉はフンと鼻で笑い、彼女の腰を抱き寄せる。
「今まで散々やらかしといて、今更何言ってやがる。」
「確かに」
高杉の呆れとも取れる言い方に、杞都はクスクスと楽しそうに笑う。
二人は暫くそのまま他愛も無い話をしながら、夜を待った。
「じゃ、行って来る。」
そう言って微笑んだ杞都はとても美しく、風に流れる黒髪が月夜に映えた。
「事後報告忘れんじゃねーぞ」
「分ぁかってるさ」
高杉なりの言葉に、自然と笑みが溢れる。
急に強く腕を引かれ体勢を崩すと、唇に触れた低めの体温。
「さっさと暴れて来い」
「…ああ」
笑みを浮かべる高杉に微笑み返して、杞都は高く跳び、夜闇に溶けた。
――今日も獣(彼女)は呻きに暴れ、
獣(彼)の元へと帰って行く――
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