短篇 | ナノ



St. Valentine's Day 2010



鬱陶しい。心底鬱陶しい。
何故こんな行事が存在するのか理解に苦しむ。
校舎中に漂う甘ったるいにおいで頭痛がしそうだ。

そのにおいから逃げるように授業をサボって屋上に寝転んでいた高杉だったが、

「眉間に皺寄ってるぞ」

ふと声を掛けられて目を開ける。
隣に座る女子生徒は最近話すようになった同学年の千咲杞都。

高杉は基本的に女というものは鬱陶しくて好めなかったが、この千咲という女は違った。
全体的に落ち着いた雰囲気を持つ女で、声も低い方らしく煩くない。

他の女のように媚びてきたりせず別段鬱陶しくもないので、
近くに来ても高杉は然程気にしていなかった。

「眩しいなら日陰に居りゃいいのに」

「そうじゃねーよ」

見当違いな台詞に溜め息混じりに呟くとへぇ、と適当な返事が返ってくる。

「そういや高杉、コレ」

ゴソゴソと取り出された物を見て、眉間の皺が深くなった気がした。

「あ?」

「ガッツリ苦くしてあるし、ついでに酒も入れといた」

甘いの嫌いなんだろ?
そう言ってふと笑う千咲。

「甘いもの見る度に不機嫌になってたみてぇだったから」

「…よく見てるな」

若干罰が悪そうに其方を見ると、千咲は逆にきょとんとした顔をする。

「? そりゃ好きだからな、高杉のこと」

当然のように言う千咲に思わず笑みが溢れる。

「初耳だな」

「初めて言ったからな」

無自覚なのか、それとも計算通りなのか。
どちらにしても性質の悪い事に変わりは無い。

「要らねー?」

差し出す腕が疲れたのか、ぷらぷらと菓子の包みを振りながら訊いてくる。

「振るなや」

苦笑して手を伸ばすと、小さな包みが掌に乗せられた。
見れば何やら焼き菓子の類らしい。
暫し眺め、取り敢えず鞄の傍らに置いておく。

「一応訊くが、そいつァそういう意味で取っていいのか?」

寝転がったまま尋ねると、千咲はうーんと首を捻って少し考え、

「多分」

結局曖昧に返した。
が、それは肯定に準ずる回答。
彼女に関して言うならば、最早肯定そのものだった。

「よく考えると初めて話した時から気にはなってたんじゃねーかと思う」

「それも初耳だな」

「初めて言ったからな」

既視感に襲われそうな会話に小さく笑ってしまった。

「拒絶しねーのか」

千咲は何かを観察するように首を傾げて此方を眺める。

「する理由が無ェ」

「へぇ」

曖昧に返せば、またあの適当な返事が返ってきた。

暫く緩やかな沈黙が流れ、千咲がそれを破った。

「高杉」

「あ?」

「名前で呼んでいいか?」

唐突な申し出に少し驚いたが、悪い気はしなかったので取り敢えず許可をしておく。

「好きにしろ」

すると案外簡単だなという呟きを溢す千咲。
何を想定していたのかは分からないが、少くともすんなり行く事は候補に無かったようだ。

「晋助」

「何だ?」

呼ばれて返事をしたのに千咲は何も言わない。
そして首を傾げてまた同じ様に呼ぶ。

「晋助」

「何だ?」

自分も同じ様に返事をするが、やはり千咲は何も言わずに首を傾げている。

「晋助」

「何だ、千咲」

可笑しそうに呼ぶと、千咲は首を戻してニッと笑った。
千咲の、この歯を見せて笑う笑い方を高杉は結構気に入っている。

「いや、私ホントに晋助のこと好きかも知れねーなと思って」

「ほォ?奇遇だな、丁度俺もそう考えていたところだ」

一瞬の沈黙があって、二人顔を見合わせて笑った。

「粋狂なヤツだな」

「晋助もな」

「違ェねー」

それじゃあ、これからよろしく
そう言って笑う千咲を見て、自分は思ったよりこの何処かズレた女に惚れていたのだという事に気付いた。

「あァ、杞都」

名前を呼ぶと、そいつはもっと綺麗に笑った。












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