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「あ? おめーら」

 烏養さんは私と、それから影山くんの姿を見て目を丸くした。

「う、烏養さん」
「おう」
「な、なんか久しぶりな感じっすね」
「何だその奇妙な敬語ヤメロ」

 ぴしゃりと私を罵って、烏養さんは店の前に置いてあったポリバケツを手にした。後片付け。ってことはそろそろ閉店時間か。
 烏養さんと私のやり取りを、影山くんは横でじっと見ているだけだった。

「さ、最近店いたりいなかったりしてません?」
「まあな。いま別のことしてっから、夕方前くらいにはいねえよ」
「跡取りなのに?」
「…………」

 跡取りって単語に、彼はどこか居心地悪そうな顔を見せた。
 うるせえな。短く言って、咥え煙草を吹かす。ポリバケツを一旦店の中へ入れた烏養さんはもう一度外に出てきて、それから私の横にいた影山くんの方へ顔を向けた。

「……なんだ、お前ら付き合ってたのか」
「な!?」
「付き合って、ねーです」
「影山。違えんならあからさまに動揺すんなよ、ややこしいから」

 あれ、と二人の顔を交互に見比べる。
 影山くんと烏養さんって知り合いだったのか。目付きの悪い二人が揃いも揃って顔を向かい合わしていると心臓に悪い。いい大人なんだし大丈夫かもしれないけど烏養さんはとにかく口が悪いから、影山くんの逆鱗に触れなきゃいいけど、と他人の心配をしてる暇はなかった。

「名前」
「はい?」
「最近バレーがどうのこうの言ってた理由はこいつか」
「烏養さん!?」

 彼の発言の矛先が私へ切り替わるとは全く想定してなかった。とっさに出た声は見事に裏返ってしまった。いきなり、何を言い出すのかこの人は。尚も烏養さんは納得、と言った顔で続ける。

「セッターどうのこうのって、のもなあ。なるほどなあ」
「だ、だ、黙ってください!」
「いやー、若いな」

 にやりと意地悪い笑みを浮かべ、私と影山くんとを交互に見比べてる。すごく楽しそうだ。
 対照的に私は影山くんの顔が見れなかった。顔が熱い。尋常じゃないくらい、恥ずかしい。こういう流れは、好きじゃない。誰かからからかわれないように精一杯隠しても、綻び一つで崩れていく。
 烏養さんはそんなこともお構いなしに「きっかけはどうあれ、まあいいんじゃねえか」と面白そうに言ってくるけど、好奇を向けられてるこっち側としては溜まったもんじゃない。もう黙ってくださいよと弱々しく言っても、そのお願いはきっちりスルーされた。烏養さんはいい大人じゃない。いやな大人だ。

「まあいいや。もう時間も遅えし、気をつけて帰えれよ」
「そんですぐ話逸らすし」
「明日から店のもん売らねえぞ、名前」
「気をつけて帰らせていただきます!!」

 もうやだ。烏養さん大人気ない。
 半分涙目になりつつも、私は店の前から離れようとした。でも、まだその場に留まっていた影山くんの口から妙な単語が放たれたのを思わず聞き取ってしまった。

「あ、コーチ」
「コーチ?!!!」

 私の反応にめんどくせえって顔をした烏養さんの前で、影山くんがじっと彼を見据えている。

「聞きたいことがあるんですけど」
「あー明日にしろ。部活が終わったら体も休ませろ。そうしねえと疲れ残んぞ」
「……ハイ」

 素直に頷く影山くんっていうのも、なんだか変な感じだ。
 じゃあなって言って烏養さんが店の中へ入っていく。ぴったり閉ざされた扉の先を見つめながら影山くんはただじっと軒先を見つめていた。
 影山くん、と呼びかける。くるりと勢いよく私のほうへ振り向いたかと思うと「悪いな」と短く言って、歩き出した。その後を追う。
 すぐに、あれ、と違和感を覚えた。
 さっきまで私の歩幅に合わせてくれた彼の歩調が、速くなっていた。