次から次へと、用事という名の雑用を押し付けられてまったく学級委員っていうのもそう単純に引き受けるもんじゃないなと思いました。
そんな感想を抱きながら、教室でひとり不満をぶつける相手もいないままホッチキスを止める。五月の半ばにある遠足のしおりだ。
高校二年生の時には修学旅行があるけど、一年の場合は日帰りで近辺の県外へ遠出する。みんなが入学してから、まず楽しみにするイベント。でもその裏側で頑張ってるひとがいるってことちょっと知ってもらいたい。例えば私だとか、なんて自己擁護に回らなければ心が折れそうだった。
数ページの紙といえど、それを約三十人分作るのだ。紙の折り曲げ作業から開始したら、それなりに時間は食われてしまう。
放課後すぐにスタートしたにも関わらず、終わりが見えた頃には辺りもとっぷりと日が暮れていた。
うー、と一つ伸びをする。もう少しで終わる。でも元々手先が不器用なせいもあるから、あとどれくらい時間が掛かるかは見当が付かなかった。
壁に掛かった時計を見る。六時。二時間くらいは掛かってるわけだ。まあ、飽き性な分、休憩をこまめに入れてたのも原因の一つだろうけど。
伸びをした腕で、あちこちに散乱していた紙類をどかす。それから、はあ、と大きく息を吐いて机に顔を突っ伏した。
遠足当日の日程が書かれている紙が目に入った。何時に集合して、何時にどこどこへ着いて、お昼はここで食べて、とか。大まかなスケジュールだ。当日の班分けももう少し先になったらホームルームでやらないとなあという担任の言葉を思い出して、思わず前の席を見てしまった。
最近、おかしいな、と思う。いや、ちょっと前からだ。
影山くんのことを考えると、苦しい。なのに考えてしまう。その感情の名前を、私は知ってるような気がする。そしてそれは決して、初めて抱く代物じゃない。間違いないと迷うことなく断言出来そうだけど、認めてしまったら今までみたいに話せなくなってしまいそうで、私はかぶりを振った。
違う。私は私が傷付くのが怖いんだ。自分から何かを切り出すことの勇気は、私には、ない。
だから、最初から諦めて、別に今のままで良いって思って、
「……やめよ」
考えても答えなんか見つかるわけない。
そう結論付けて私は作業を再開させた。あと二人分。最後の最後で出来るだけ丁寧にまとめて、ホッチキスを留める。暫くその表紙を見つめたあとで、私は出来上がった全部の冊子を持って教室を後にした。
廊下はひっそりとしていて、どこの教室も電気が消えていた。そんな中、職員室だけは眩しいくらいに煌々と明かりが付いていた。「失礼します」と一声掛けて、その敷居を跨いだ。
ぽつりぽつりと空席が目立つ。大半の先生は帰ってしまったか部活中かだろう。その中で私のクラスの担任は、椅子に座りパソコンと睨み合いをしていた。
その目がこちらに向く。
「何だ苗字。まだ残ってたのか」
「コレやれって言ったのは先生じゃないですか」
「別に今日中とは言ってないぞ」
「……」
「睨むなよー怖いな」
差し出した冊子の束を受け取りながら、快活に笑う教師を私は恨めしく睨む。
確かに期限は聞いてなかった。てっきり今日中だと思っていたからここまで頑張ったのに。じろりと視線を向けながらも、私は諦めたように「いいですけど」と言った。先生はまた笑った。
「でも助かったわー」
「はあ」
「色々やんなきゃいけないことあるからなー、一個でも前倒しで進められんなら、やっとくに越したことはないし」
「はあ」
「ありがとな」
いいえ、どういたしまして。
そう返した私に、気をつけて帰れよと先生は言った。その机は乱雑としていて、いかに先生の業務が溜まっているかってことがありありと見て取れて、内心少しだけ同情した。大変なんだろうな、先生って。
そんな文字通り山積みの書類の中で、ふと目を惹くものがあった。色んな種類のプリントが散ばる机の片隅。何かの写真がプリントされた縦長の紙が二枚。よく見るとそれはネット際でプレーするバレーボール選手の写真だった。その写真の下には、仙台市体育館の文字と開始日時が書かれてる。
それ、と指差すと先生はコーヒーの入ったカップを持ちながら「ああ、それな。貰ったんだよ」と言った。
「でも先生見に行けないから、どうすっかなあって思ってたとこ」
「……せんせー、ちょっと」
「ん?」
「今日めっちゃ私頑張ったんで、あの」
「……結構白々しいな、苗字」
いいよ、という快諾と共に差し出された二枚の紙を掲げてみる。
ゴールデンウィークが明けて次の週の日曜日、夜6時開場、7時開始。そんな字面を見つめながら私は仄かに高まる鼓動の音に、精一杯聞こえない振りした。