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(※北川第一出身、青城生のオリジナルの女の子が出ます)



「やっほー名前、久しぶりだね」
「3月の合否報告のときに会ったっきりだっけ。そんなんでもないじゃん」
「でもさあ、受験のときは週2くらいは顔合わせてたし」

 通っていた予備校までの道のりは驚くほど遠く感じた。これを週二回以上、模試や講座のために行っていた三月までの自分を純粋にすごいと思った。それをいまやれと言われたら絶対やらない。
 元々あとから苦労するのが嫌いだから、勉強は無理ない程度に毎日するタイプだ。ただ周りが中三になって一斉に塾や予備校に通いだしたから、私も、なんて。いま思えば進路を決めるための手段、そのきっかけさえ私は他人任せだった。

「烏野行ったんだっけ、名前」

 目の前でバーガーショップのマークが印刷された紙コップを持つ加賀は、そんな予備校で同じ講座を取ることの多かった、いわば学校違いの友人だ。予備校に行っていなかったら出会うこともなかった。それを思うと、まあ、あの時も悪くなかったなって思う。こういう気の知れた友人ってのはそう滅多に出会えるもんじゃない。

「ん。まあ家から近かったしねえ」
「ウチの男バレさ、こないだ試合してたよ。烏野と」
「うん、ちょっと知ってる。加賀もバレーしてるんだっけ」
「まあ、高校じゃやんないかもだけど。……で、びっくりしたよ。烏野に影山がいたから」
「えっ、影山くんのこと知ってるんだ」

 ずず、と加賀はストローを啜りながら頓狂な声を上げた私に驚いていた。

「そりゃ、まあ。有名だし。てかあんたこそ知ってるんだ」
「……いま同じクラスだよ」
「へえ」

 加賀は相槌を打ちながら、興味深そうに目を丸くした。「名前と同じクラスってのがまた、なんだろう。変な感じする」という発言は無視しておこう。
 蓋を開けたまま冷ましていたホットティーのカップに両手を重ねる。店員から提供されたときよりも大分冷めてしまっていた。けれどちょうどいい温度のそれに触れると、ほっとした気持ちになった。

「ウチの行ってた北川第一ってさ、ここらじゃ男子バレー有名な学校なんだよね」
「へえ、そうだったんだ」
「で、王様がいたからびっくりした」
「……王様?」

 だから、と加賀はテーブルに蓋つきの紙コップをとんっと置いた。かしゃっと氷が鳴く。外の縁に付いていた水滴が飛ぶようにテーブルの上に落ちていった。

「影山のことだよ」

 手付かずだったホットティーのカップを取った。湯気立ったその中にレジで貰った砂糖を入れて、さらにミルクを二ついれる。それを見て加賀が「うげえ」と気持ち悪そうな声を上げた。構わず私は「王様ってなに?」と続ける。

「そこは普通の女子だったら王様なんてすごーい! って反応するとこじゃない?」
「だって」

 影山くんはとても王様なんて感じがしないから。それを言ってしまっていいのか戸惑った末、口には出さなかった。
 でも私の知る影山くんは、勉強があんまり好きじゃなくて授業中でもお構いなしに寝てしまう人で、バレーに関しては貪欲に技術を得ようとしてる。王様なんて要素が、どこにもない。
 彼女も少し考えてから「まあ、普段の生活とか全然知らないけど」と続けた。

「部活の時はそれこそプライド高くて独裁者って感じだったよ」
「……へえ」
「自分が絶対に正しい! ってスタンスでさ、信頼の欠片もなかった、って女バレの私が言うのもなんだけど」
「でも同じ体育館で部活してたんでしょ?」
「そーそー。体育館半面しか使えなかった時とかさあ、サーブ練習めっちゃ怖かった。ま、それは影山だけじゃないけど」
「半面?」
「そ。一つのコートを半分ずつ男女で分けてた。だからサーブとかスパイク練習とかタイミング合わせてやってたんだけど」
「ふうん」
「スパイク練習のとき少しでもあいつのトスをうまく打てなかった男子なんか、舌打ちされたり」

 それは怖い。
 実際に見たことだから間違いはないんだろうけど、私の知る影山くんの印象とはあまりにも結びつかないからまるで夢の話をされてるみたいだ。もしくは幻覚とか。ああ、でも。
 教室での影山くんより、体育館で練習してる彼の方を考えてみると確かに、すごく厳しい顔をしていた気がする。
 勝ちに貪欲であるが故の厳しさ。それが、王様という異名を彼に与えてしまったんだろうか。それなら少し、寂しいような気もする。

「あー、でも。こないだコートの外から見てたんだけど、あいつ変わったね」

 相変わらず雰囲気は怖いけど、と加賀は笑った。

「ちょっとだけだけど」

 過去の影山くんを知らない私にその意味はうまく掴めなかったけど悪い意味ではないんだなと悟って、勝手に満足して「私の知ってる影山くんはそういうひとだよ」と言うだけに留めた。