お題 | ナノ






 影山は今頃、練習中だろうか。部屋に掃除機を掛けながらふとそんなことを思った。片付けが嫌いで面倒くさがりの性格で物を捨てられない私を見かねて、休日の朝から母親は数枚の雑巾とゴミ袋と、掃除機をこの部屋に置いてさっさと買い物に出てしまった。取り残された私は作り置きされたおにぎりを二つ頬張った後でのそのそと私室の部屋を掃除し始めた。
 午前十時。爽やかさそのもの風が、開け放した窓からは入り込む。朝と昼のちょうど境目の時間、ごうごうと唸る洗濯機の音が少し遠くから聞こえる。
 あらかた床に散乱するものを片付けて、掃除機を適当にかけたあとで、ぎゅっと水気を絞った雑巾で床を拭いていく。最初はやる気に満ちていた心はそれでも数時間としないうちに飽きを見せ始めてしまった。あとはもう、なし崩しだ。
 ベッドの上で充電器に挿しっぱなしにしていた携帯を取ると、友達からのラインメッセージが何件か入っていたりSNSで友達の日記が更新されていたりと些細な変化がある。でもそこには影山の姿もなにもない。
 メールボックスを開くことでようやく私は影山の存在を確認して、少しだけ重苦しかった息を吐き出した。電話の履歴を開く。着信よりもずっと発信の方が奴の名前が多かった。
 忙しいのはわかってるし、自分よりも部活を優先するくらい奴にとってバレーがとても大事なものだということも理解しているつもりだ。でも休日の家でひとりぼっち、何をすることもせずただただ時間が過ぎていく私と影山との間にはいつだって間隔が空いている。その隙間を埋めたいから、こうしてメールや電話をするのだ。学校という、誰にでも平等にある空間では満足できない。欲張りもいいところだ。
 メールを打つ。暇だと自ら暴露しているようなものかもしれないけど、とにかく私と影山の間に繋がりが欲しかった。いまなにしてる、と当たり障りのない文面。返ってくるかどうかは五分五分だ。
 影山はとにかく連絡不精だ。メールだって電話だって、出たいときしか対応してくれないし出ても無愛想そのもの。少しは可愛げというものを云々言ってみたところで態度が変わるなんて期待はもうとっくの昔に捨ててしまった。それくらい、私と影山の付き合いは長い。いち、に、さん、と指折り数えてみてびっくりした。三年だ。その間に色々なことがあった。

 着信音が鳴った。
 高校一年になって、影山は少し変わった気がする。刺々しさが薄れた。誰に対しても獰猛で懐かない猫の更に上を行く獣みたいな目付きしてたくせに。一丁前にバレーはひとりで出来ないだとか言って、前よりもチームメイトのことを大事にするようになった。
 その調子で彼女である私への態度も変えてくれたらいいのに、とメールボックスを開く。メルマガでも友達でもなかった。影山、という文字に瞠目した。練習じゃなかったのか。僅かに跳ねた鼓動を何とか平静に戻しながら、未読のマークが付いたそれを開く。

「なんだこれ」

 ふ、と文面を見て私は笑った。昼に近付いていく穏やかな空気の中で、だだっ広い家の中で、ただ一人笑い声を上げる。静まり切っていた世界は、奴からのたった一通のメールだけでこんなにも鮮やかに変わっていくのだ。
 つくづく、彼には勝てる気がしない。さすがは王様だ、と本人目の前にした拳骨一つでも落ちてきそうなことを思いながら私はバケツの水を交換するべく、携帯をベッドの上に放り投げ、部屋を後にしたのだった。



差出人 影山飛雄
(no title)
---------------------------

メールの音のせいで
猫に引っ掛かれただろうがボケ