お題 | ナノ







(イシュヴァール殲滅戦)

 地獄だ。吐き捨てた声に同調するように彼は笑った。覇気のない笑み。それを受けながら、彼はまた指を鳴らす。その度に無造作に無差別に消えていく命の数を彼は数えたことがあるのか。私の手にしていtる拳銃一つでさえ、簡単に人が死んでしまう。拳銃か指先か。問題はそれだけだ。意志も命令も、私と彼にさほど区別はない。
 埃が舞い、唇に油にべったりと付着する。人のものだという認識はとっくにこの体に滲みついている。ここだけじゃない。イシュヴァール地方の全域で繰り返し何度も途方もない回数で起きている。軍の上層部が決定したそれを覆る何かが起きない限り、すべてのイシュヴァール人が消えるまで行われるのだろう。
 吐き気がする。何度も経験してきた胃の中の全てのものが逆流する感覚に、手で口元を覆う。その一瞬だって、油断すればこちらが命を落とす。張り詰めた緊張感の中、私は私であることを捨てる。
 ロイ・マスタングという男は人間を止めてしまった。だから、彼が吐いているところも苦痛に顔を歪めている姿も見たことがない。そこに立っているのは息をしている兵器だ。ぼんやりとした思考回路の中で、私はまた引き金を引く。それは力を増して、私の意のままに動く。
 いつもながら、お見事だな。彼は淡々とそう言った。

「君の愛用のそれには刻まれているのだろう」
「空中の元素を構成すれば、弾の軌道なんて簡単に操れます」
「そうか」
「人を殺すよりも簡単です」
「そうか」

 引き金を引く。リザが言っていたことは私にも当てはまる。銃は、人を殺す感覚がない。だからこうして簡単に指先を引けるのだ。錬金術というのは便利だ。便利過ぎて人には相応しくない。ああ、だからか。私たちは人ではなくなるのだ。
 燃える。街並みも住宅も人も何もかもが塵と埃と炭に変わっていく。その光景を眺めながら、遠く昔に思える故郷の風景を思い描いては、涙腺を揺らした。
 おかしいな、と呟く。彼がこちらを見て、少しだけ瞠目していた。
 私にも彼にも、まだ人間らしい部分が残っていた。そのことに安堵していた。