当てもなく道を歩く。放課後のゆったりとした時間の流れに沿うように町は穏やかな気候に包まれていた。いい天気で、暑くもなく寒くもなく過ごしやすい空気をいっぱいに吸い込んで吐き出す。
ふらふらとゴールのない散歩。夜まで何をしようかなあと思いを巡らせる。眺めるだけで終わってしまうだろうけどホームセンターのペットコーナーを見てもいいし、好きな雑貨屋さんに行くのもいい。コンビニに寄って新しいお菓子を物色したり、本屋さんで新刊をチェックするのもいいなあ。やりたいことはたくさんある。時間は有限だ。長時間勉強に身を投じた分だけ自由のあるこの瞬間は大切にしたくて、出来ればそれは永遠に続けばいいなと思うけどそうもいかない。
それが分かってるだけ、すごいよと笑った笑顔を思い出した。そしてまるで奇跡でも起きたみたいにその姿を私の目は捉えた。
「菅原?」
おう、と彼は屈託のない笑顔を浮かべて片手を挙げた。
思い浮かべた瞬間現れるなんて、菅原は神様か何かなのか。そう言いたかったけど、あんたのことを考えていたよなんて口が裂けても言えないし、きっと言ったところで。そう思って、はた、と思考が止まる。
それからまじまじと菅原の顔を見つめた。
「何だよ」
「帰り?」
「そ。ミーティングだけだったからさ」
「へえ」
もし、言ったらどうなるかな。そんな好奇心と自分の中で発言を制御する羞恥心とが秤に乗せられる。均衡。まさにそんなところだった。
きっかけ一つで天秤はどちらにも傾きそうだ。
同じように傾きかける夕日が、菅原の背後にじんわりと空に滲むように浮かんでいた。背中いっぱいにその恩恵を受けながら、菅原が笑う。
「だから」
「え?」
「人の顔見つめて、何だよって」
「ああ、何となく」
「何となく?」
「菅原って顔良いなって思ってただけ」
沈黙。さらっと喉を通った言葉はよくよく考えてみると、あまりこの場に相応しくなったかもしれない。そのうち気恥ずかしそうに彼は「よくそういうこと言えるよな」と鼻を掻いた。逆光のせいか、少し眩しかった。
ねー、菅原。
呼びかけると彼は肩に乗せていた鞄の紐を掛け直しながら小さく返事をする。鼻にかかって少しだけ掠れた声。照れてしまったのか調子を崩されたことに不機嫌なのか、はたまたそのどちらもなのか。
「暇なら一緒に遊ぼうよ」
菅原は驚いたあと、すぐに「どこにさ」とはにかんだ。ころころ変わる表情は見ていて飽きないなと思うし、そう思う度に惹かれる。眩しくて穏やかで、今の天気みたいだ。
そうだなあ、と間延びした声を出しながら、私は脳内に巡らせる。ホームセンターのペットコーナー、雑貨屋さん、コンビニ、本屋さん。そのどれもに菅原という存在が加わるだけでさらに色鮮やかになる。
この瞬間が出来れば、永遠に続けばいいと思う。