お題 | ナノ






(夢ではないです。「ツキニナク」後に円陣のことを話すカナちゃんのお話)



 やけに大人染みている子どもが多い。そんな中で彼女は極めて子どもらしくない。そんな第一印象だった。それは今でも思っていることで、更に言ってしまえばその印象は深く暗く増していく一方だった。
 相談所のメンバーが不在だった一夜が明けて、町はいつもの日常を取り戻していた。いつも通りの時間に出勤し、室内の清掃を終え徐々に幼稚園へやってくる子ども達の出迎えに行く。門扉の付近に泊められた一台のパトカーの後部座席から元気よく飛び出してきた双子の片割れに「おはよう」と告げると、運転席に座っていた獅堂さんが一礼と共にドアを開け、出てきた。

「お〜センセイ、今日もべっぴんさんやなあ」
「ミナちゃんは今日もお口が達者で」
「すみません……」
「いいんですよ、獅堂さん。そこがミナちゃんのいいところですから」

 フードを深く被ったカナちゃんはミナちゃんに遅れて車から姿を見せた。ミナちゃんと同じように「おはよう」と声を掛けると柔らかく微笑みを作った彼女が「おはようございます」とぺこりとお辞儀をした。
 子どものようだ。でも、子どもらしくない丁寧さ。いつもなら気にならないそれが私の中で小さな種となった。
 元気に同じ組の子に話しかけているミナちゃんと、私のそばを離れず佇むカナちゃんを置いて、獅堂さんはパトカーを走らせ去って行った。
 時間は八時半。いつもながらギリギリだなあ、と一笑する。それからミナちゃんとは違い、私の隣で一人佇んだままのカナちゃんの身長に合わせ屈む。たぶん彼女たちで今日ここへ来る園児は最後だろう。そんな予感がしていた。
 フードの下で、カナちゃんは私の視線に戸惑っているようだった。

「どうしたの?」
「え?」
「カナちゃん、いつもより元気がないみたいだから」

 溌剌さはなくても、彼女はいつもだったらもう少し明るい。けれど今日はどこか様子が違っていた。でもカナちゃん自身、そのことに気付いていないようだった。「そう見える?」と首を傾げていた。

「う〜ん。元気ないっていうか、何だろう。考え事してる感じかなあ」
「私が?」

 五歳児に考え事、というのも少々似合わない単語だ。言葉や表情には元気や笑顔があるものの、たまにふと陰りが指すそれ。私の数少ない語彙力では、他に当て嵌まる単語が見つからなかっただけで。そのことにカナちゃんも「考え事かあ」と笑っていた。あながち間違ってもいないようだ。

「昨日の夜、先生はどこにいたの?」
「避難命令が出てたでしょ? 町外れの集会所。暇だっていうおじいさん相手にずっと将棋してたよ」
「先生、将棋できるの?」
「ルールだけ知ってるって感じかな。お陰でボロ負け。楽しかったけどね」
 
 立ち上がり、門扉から保育室のある建物へと歩き出す。隣のカナちゃんに合わせてゆっくりと歩く。幼稚園には時間割なんて堅苦しいものはそれほど存在していないから、さっそく戸外の遊具で遊んでいる園児が何人かいた。傍らでそれを見守る同僚に片手を挙げて、入口のドアを開くと、同じように敷居を踏んだカナちゃんが「昨日ね」と口火を切った。うん、と相槌を打つ。

「嘘つきのサトリさんに会ったの」

 サトリ、という妖怪に咄嗟に七海アオの姿を浮かべる。でも嘘つきっていうところで頭が勝手にその姿を打ち消した。そういえば、彼女には兄がいた。かつて、比泉生活相談所のメンバーにいたあの男の姿。

「嘘つきになりたがってるサトリさん、の方が正しいかもだけど」
「へえ?」
「ちゃんとまたお話してみたいなあって」

 照れ臭そうな横顔を見つめる。子どもらしい笑い方、でも五歳という年齢には少し不釣合いなものだった。無垢で、純粋で、真っ直ぐなその顔を眺めながら嘘つきなサトリさんかあ、と内心だけで零す。私だったら関わりたくない。けれど彼女にとっては自分の人生というレールにそのサトリとやらは、突如滲んだ何かになりえたのだろう。
 出来れば会いたくない。だけどカナちゃんと一緒にいる時の相手の表情は見てみたかったかもしれない。そして、言ってやりたい。
 どうだ、サトリ野郎さん。うちの園児はとても可愛いでしょって。
 
「また会えるといいね」

 無責任に、私は言った。