お題 | ナノ







※現代


 眠れないくせに寝ようと言い出したのは鉢屋だ。恋人の私の部屋に仕事帰りに転がり込んできたから、冷蔵庫にあった即席のうどんを茹でたのは数時間前の話。あの時食べ始めた鉢屋が「少し柔らかい」と言った文句は忘れていない。咳をする振りをして奴は、うどんの中に入れていたわかめを残した。嫌いだと知っているのに入れるのは意地悪だと笑った。それから順番にお風呂にはいって、さして面白くないテレビを見て、時計の針が十一を過ぎた辺りにソファに体を預けていた鉢屋がおもむろに寝ようと言い出したのだ。
 来客用の布団がない部屋だから、鉢屋が泊まりに来た時は簡素なシングルサイズのベッドの陣地を半分こして使う。当然枕もない。使っていいよ、と言うと彼はお前の枕は高いとまた文句をこぼして、低反発のそれをこちらに押し返してきた。
 それから数分後。
 おやすみ、と告げて消えた室内でぽっかりと浮かぶものがある。鉢屋は最初見たときはぞっとしたと言った。でも柔らかく光るそれを見て何だか懐かしい気持ちになった、とも言った。

「プリザーブドフラワー」
「ん? 何だって?」
「乾燥したお花だよ」

 枕元でひそひそ話をするように、私は言った。鉢屋はそれがどうした、と言いたげにこちらに視線を寄越す。
 手を伸ばせば届きそうで届かない距離にそれはある。部屋のインテリアの一環で購入したそれは、真っ暗な室内にぼんやりとした輝きを放っていた。
 眠れるのかあれで。鉢屋が怪訝そうに言った。ああ、と苦笑する。私は平気だけど、この部屋に泊まり来る男のことまでは考えていなかったなあ。完全に失念していた。神経質な部分があるから、彼はその存在が気になって眠気など吹っ飛んでしまったのだろう。
 花のお陰で、鉢屋が何をしているのか薄くぼんやりとした認識ではあるが視界に入り込む。しばらくの間その花を見ていた彼は、それに背を向けるように寝返りを打った。
 私と寝るとき、鉢屋はこちらを向かない。でも、今はその花から逃げるように私と真正面に向き合った。そのことがおかしくて、噴き出す。
 む、と彼は口を真一文字に結んだ。

「怖い?」
「気持ちが悪い」
「そうかなあ、綺麗だと思うけど」
「お前の趣味は分からない」
「そうだね、鉢屋と恋人なんだもん。ちょっと趣味が悪いくらいじゃないとやってけないよ」
「どういう意味だ」

 そのままの意味だよ、と答えて、足を動かすと、布団の中で彼のそれと当たった。ひやりとした冷たさ。お風呂を入ってからそう何時間と経っていないのに彼の足はその影響をまるで受けない。凍らされた花のように、不動で不変で。でも対称的に火照っていた私の足をぴたりとくっ付けると、温度が徐々に中和されていくのが分かった。それが嬉しくて、顔が綻ぶ。

「鉢屋、眠い」
「そうか。私は眠くない」
「怖い?」
「だからさっきも言っただろう。気持ちが悪い」
「私は気分が良いよ。鉢屋が、こっちを向いてくれてるから」
「つくづくお前は嫌な性格してる」

 どこまでも両極端にいる私たちを、ぼんやりとしたら発光塗料にまみれたそれがじっと見守ってくれているような気がした。