お題 | ナノ







 仙界に小さな花は咲かない、と彼は言った。そのこと憂えるわけでもなく、自分の足元で風に揺れる小さな花を見下ろしては興味ありげに見つめている。
 じゃあ大きい花は咲くんですか、と尋ねればそういう意味ではないと呆れの籠もった溜息を吐かれた。

「なんですかその溜息」
「いや、……貴公の愚かな頭に付き合うのも久しいなと感慨深く思っただけだ」
「絶対違う」
「半分は真意だ」
「半分だけじゃないですか」

 妲己という人類にとって最大の敵の一人である人物を守ろうとする自軍は当然のことだけど、過去の人類から敵視される。その歴史に介入し、ナタ、と呼ばれる男の暴走を食い止めるために出陣して行った背中を見送ったのは、数日前のことだった。
 そして目的を果たし、陣地へ帰還してきた太公望殿と鉢合わせになったのが数分前の出来事。

「怪我なくて安心しました」

 どうでしたか、と結果を聞くまでもない。予め準備されていた船で、ただ散ってしまった命を救援に行くだけだ、造作もない。そういって、彼は疲れ一つ見せず言ってのける。

「怪我をする意味も機会もなかったぞ」
「でもナタってひとと戦ったんでしょう」
「あれは人の力を知らぬ」
「知らないのと知ってるのは違いますか?」
「そうだな。尤も、」

 陣地の片隅で戦の夢にうなされる人間の気持ちなんて、彼は理解出来ない身分だろう。まあ、でも。
 人の可能性を知った太公望殿の雰囲気は少しは柔らかくなった、

「道端に咲くちっぽけで危うい花のような人間もいるが」
「……」
「貴公のように」

 というのは幻かもしれない。
 遠まわしに弱い、という評価を下されて唇が尖った。私だって出来ることなら怯えず挫けず他のひとのように強く凛とした姿勢で戦いに臨みたい。でもやっぱりああいう場所に行くと自然と足は震えるし、怖いと思うし、死にたくないと願う。それは悪いことじゃないとみんなは言うし、そこを補い合えるのが人間だ。だからって現状に満足してしまっては立ち止まってしまうから、毎日鍛錬することはやめない。無駄な努力であっても、それがいつか何かの役に立つと信じることだけは諦めたくないから。
 そうして剣を振っている時に、彼は現れたのだ。休憩と称して座り込んだ先に揺れた小さな花。陣地の土壌はほとんど生命力を残していない。それにもかかわらずこうして地に根を花の強さをしみじみと感じる。

「花に失礼ですよ」
「おや、随分と悲観的だな? 悪い物でも食したか」
「悲観じゃなくて事実です」
「ふむ、まあそうか。踏み潰せば簡単に潰されてしまうところがそっくりだと思ったのだが」
「ああ、そういう意味なら」
「それと」

 彼は私の手元と風に揺れ、今にも散りそうな花びらとを見比べながら飄々と言った。

「いくら踏み潰したとしても、また立ち上がってくるであろうその果敢さがな」
「……」
「なんだその間抜け面は」
「太公望殿こそ、悪い物でも食べて頭おかしくなりましたか」
「口の悪さは全く正反対だがな」

 楽しそうに弱々しく咲く花に手を伸ばしながら、やっぱりこの人は何か悪いものを食べたに違いないと思った。だって私に似てると言う花に、あんなにも優しい手付きで触れているのだから。