201105~ | ナノ



「曹丕様、処断は如何致しますか」

 跪き、捕縛した者を突き出す兵に対し彼はとても詰まらなそうな顔を向けた。傍らに控える甄姫様はそんな夫を咎めることもなくただ、傍観に徹するのみ。
 お二方はいつもそうだった。一つの小さな犠牲など厭わない。大望を成し遂げるための術を知っている。それは先代である曹操様譲りなのだろう。些細な物事に執着せず、大局を見極めるためのものだけに興味を示す。使えないと知れば、捨てる。血も涙もない、と人は言うけれど。果たして、そうだろうか。 

「なまえ」
「はい」

 分からない。
 結局私は曹丕様でも甄姫様でもない、ただの一臣下でしかないのだから。彼らの考える「覇道の先」など見えない。だからこそ付いて行くのだ。覇道の先とやらを見据えている彼らに、導かれたいがために。

「そなたに任せよう」
「承知致しました」

 手柄を立てたはずの兵は首を傾げ、私を見上げた。支柱から姿を露にした突飛の存在に心底驚いたようだ。
 曹丕様に一礼し、兵と捕縛された人物が訝しげに私を見つめる中、先導するように歩き始める。

「その者に着いて行け」
「は。……しかし」
「しかし?」
「い、いえ」

 圧倒的な権力の前に、兵は頭を垂れた。
 それから射抜くような視線を私へと移す。煮え切らない感情の全てを私にぶつけるように。何か言いたげな視線を交わし、室を後にした。

「貴様のような小娘に何が出来る」

 顔も知らない。名前もつい先ほど耳にするまで一切聞いたことのない将だった。小言を繰り返し、私を叱責する口は止まらない。褒美を横取りされたとでも思っているのか。
 呆れた息を吐く。こうして私は彼に向くすべての批判を受け止める役割を担っている。そこに不満はない。それは私がまだ彼に必要とされていると体感する瞬間でもあったからだ。

「皇帝は多忙の身でありますので」
「何が言いたい?」
「僅少の問題など取り合う暇などないと申しております」

 ですからこうして、処断の行く先を決める案内人がいるのです。
 私の言葉に、納得する姿勢ひとつ見せない臣。恐らくその心には、相手が「女」であるという下らない先入観で染められているのだろう。脇に差した刀の鞘をちらつかせ、威嚇していても効果は現れない。

「時に」
「何だ」
「貴方様のその手柄ですが」

 射竦められたように、縄に付かれたものは小さく声を上げ身を縮めた。こいつはこいつで、他国からの者というだけある。
 知っているのだろう。皇帝に君臨した曹丕様の元で寡黙に人を処断する女がいるという噂を。恐怖の対象に向けるような視線。そのことに、臣は納得のいかない表情を見せた。

「先程貴方様の私室を訪ねた者から曹丕様へ報告がありましたよ」
「な、っ」
「どうも、物騒な話を他国の者と書簡にて交わしていたとか」
「……」
「ああ、ところで。その方のお名前を聞いても?」

 ちらつかせていた柄に、手を添える。
 あと半刻も経たないうちにこの手は再び紅に染まるのかと思うと、苦しくなった。それでも、不満はない。泣く必要も、悔やむ必要もない。全ては私に「任された」のだから。

 私がまだ彼に必要とされていると、体感する瞬間。それは私はこれ以上ないくらい嘔吐感に見舞われる時だ。



Little cry.



20110923
title/hum.