201105~ | ナノ



 緊張の走った先程の出来事が嘘のように、彼は杯を傾け笑っていた。曇る私の顔を見つめ、どうしたのかと尋ねる余裕すら見せている。人の感情に聡いホウ統さまなら、全てを理解しているだろうに。

「意地悪い人です」
「何だい、いきなり」
「酒に溺れて頭のよさもなくなっちゃえばいいのに」
「それは困る」

 愉快に笑って、再び酒を嗜むように口にする。

「そしたらあっしは先刻、劉備殿に愛想尽かされたままになっちまいますかねえ」
「でしたら、最初からあんなこと言わなければ良かったのです」
「あんなこと?」
「『戦に勝利したことで祝杯を挙げるなんて仁君のすることじゃない』」
「生憎と、本心でねえ」

 その割には祝杯、大いに楽しんでるじゃないですか。
 呆れてものも言えない。全てを見透かしたような彼の言動に、兵のみんなはもちろんのこと、一軍を率いる劉備さままで翻弄されているのだ。

 あんなことを言って何のお咎めのなしでいられるのはこの国中を探してもホウ統さまだけのような気がする。実際、この場にいたほとんど全員が息を呑んだ場面だったのだ。それほど、緊迫した空気が今では嘘のように緩和しきっている。客観的に見て非があるとは言え、論難されたはずの劉備さまも、何事もなかったかのように祝宴を楽しんでいる始末だ。いや、始末なんていってしまえば今度は私の首が飛ぶ危険性がある。
 とにかくそれは、まるで宴のために用意された見世物のように、いとも容易く掻き消されてしまったのだ。

「本当、ホウ統さまの考えることって分かんない……」
「そりゃあお前さんはあっしじゃないからねえ」
「そういうことではないのです」
「じゃあどんなんで?」
「……もう、いいです」

 素直に心配だったと言っても、彼はきっと笑うことしかしない。そしてまた何の前触れもなく私を驚かせるのだろう。鼻を赤くして、酒を嗜む彼の姿に、もうひとつ大きく息を吐いた。布に覆われて見えない口元の笑みも何もかもが、私を惑わせるのだ。
 躍らされている、完璧に。

「ホウ統さまって、私のこと困らせるの好きですか?」
「おや、気付いたかい。今更過ぎるけれどねえ」
「……やっぱり意地悪い」
「そう膨れなさんな」
「膨れ面させる張本人の言葉じゃ、ありません」
「可愛い顔が台無しだよ?」
「……」

 照れてるのかい。
 快活に笑って、どこまでも消える気配のない余裕を見せびらかされた。酔ってるのか、それとも本心なのかも分からない。つまり、何度でも言うけれど。

「……踊らされてる」



20110515