201105~ | ナノ


 



 昇降口で二口と会った。
 部活はって聞いたら今日はワックス掛けだから休みって言われて、家が同じ方向の私たちは自然と肩を並べて歩いていた。
 中学が同じ区内だからお互いの家の位置も把握してる。たまに二口の部活がない時は、一緒に帰ることもある。今までも何度かそんなことがあった。今日もそうだ。
 からかう人たちはいたけど、生憎なことに二口は私のことをそういう対象で見てない。私も見てない。

 部活をしてない私から見たら、バレーやってる二口はすごいやつで面倒くさくて熱血ごっこ嫌ってるくせに熱血染みたことしてる捻くれ者で、本当は本気な奴だ。だから面倒だ。
 でも、たまに、本当にたまに奴を好きだなと思うこともある。大体一緒に帰ってる最中にそれを感じる。なにぶん性格が気まぐれだから、一時の感情に身を任せるような真似はしない。好きだと言うこともしない。幻覚だと思ってる。あと叶わない賭けはしたくない。それだけだ。

 薄暗い辺りを照らすように車幅灯を付けた車が、私たちの脇を通り過ぎていく。あと数時間後には暮れる夕日の下で、明日の授業で面倒な課題が出たとか、(完全に二口が悪いと思うけど)部活で先輩にどやされただとか、下らない会話をぽつぽつと繰り出しては終わる。沈黙だって苦じゃなかった。
 ある意味、お互いが空気みたいだ。たぶんそういったら二口は何だそれって言いながらも否定はしないだろう。
 大通りを渡るためにいつも通る歩道橋に来た。何段もある段差の先を見上げる。

「二口」
「ん」
「男子バレー部ってさ、鉄壁って言われてるんでしょ」
「まあね。尊敬した?」
「尊敬してるよ」
「感情籠もってねえの」
「ブロック? だっけ、それが高いから?」
「そーそー、勉強したじゃん
「それってあれくらい高いの」

 指差した先を見て、二口はバカにするように笑った。それから、私と同じように歩道橋のてっぺんを見上げてちょっとだけ羨ましそうに言った。

「あー。あれくらい飛べたら負けなしだろーな」
「飛べる?」
「お前俺のこと人間だって思ってる? スーパーマンとか何とか戦隊、みたいなのと勘違いしてる?」
「二口何色かな、イエローかな」
「別にカレー好きじゃねーけど」
「すっぱいグミ好きじゃん。レモン味とか食べてるじゃん」
「バカにすんな。グレープも食べるっつうの」
「で、勘違いしたら二口変身してくれんの」
「何にだよ」
「スーパーマン。それかイエローレンジャーみたいなの」
「マジかよ。体力使うからやだ」
「えっ、出来んの」
「出来るわけねーだろバカ」

 面白そうに笑った顔。それを見て、私もしかしたらこいつのこと好きなのかもしれないって、また恒例の勘違いをした。もう何回も思うくらいならいっそ口に出そうかなって口を開いても、何かがそれを阻む。

 先導するように二口が階段に足を掛けて、一歩一歩昇っていった。その後に付いていく。コンクリートのそれをしっかり踏みしめて昇っていると、軽快に昇っていた二口と少し距離が開いてしまった。
 先にてっぺんに辿りついた二口は、私を待つ素振りも見せずにどんどんと進んでいく。ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃんか、と小さく言っても二口には聞こえなかったみたいだ。奴のあとを追って、階段を昇りきった。
 二口は、歩道橋のちょうど真ん中で下を見てた。その先には車がどんどん走ってて、ちょっと間違ったら自殺志願者に見えなくもないからやめなよ、と言おうとしたときだった。

「マジ高えよな」

 人では簡単に辿り着けない。そんな場所から、二口はまるで初めてここから景色を見たみたいな目で眼下を見据えてた。いつもの帰り道。それでも奴がここから景色を見ることはしなかったんだろうなって一発で分かった。
 人じゃないものにも嫉妬してるなんて、と私はそんな二口を笑った。

「二口ってさ」
「何だよ」
「素直じゃないよね」
「おー。お前に言われたくねえ言葉な、それ」

 それくらいバレーに真剣なんだって、こと。
 やっぱり私が付け入る隙なんてどこにもないじゃないか。ただ一つ、他のひとよりも二口に関して抜きん出てると自慢出来ることは、ここからの景色が通学路であること。

「褒めてもらえて嬉しーなー」
「褒めてねーから」

 たったそれだけのことなのに、ひどく誇らしく思った。