201105~ | ナノ





 電車で一駅。その距離を私は歩く。ここはそんな都会じゃないから歩いて数分というわけにはいかないけど、でもその距離が私を冷静にさせる。
 花巻くんに会うときはいつもそうだ。落ち着けという自己暗示をじっくりかけるために待ち合わせ時間よりずっと早くに家を出て、彼と私の家の中間地点である駅前の改札まで歩く。
 その間、いつも色んなことが起きる。仲の良い友達からラインメッセージが飛んできたり、学校が一緒で顔見知りの後輩に偶然会ったり、待ち合わせの相手である花巻君から遅くなる、なんてメールが来たこともある。
 けれど今日はその中でも抜群に群を抜いた出来事が起きた。

「なんでいるの」
「そりゃこっちの台詞なんだけどよ」

 歩いて、歩いて。
 集合場所である駅まであと数分、というときだった。駅まで一本道だった向こう側から花巻くんの姿を見つけたのだ。私が気付くと同時に彼も顔を上げた。
 示し合わせたみたいに視線はばっちり交差して、彼は意味ありげににやりと笑った。

「やっぱり歩いてんだな」
「なんで知ってるの」
「国見がこないだお前がここらへん歩いてるの見たっつって」

 線路沿いのこの道は、時々電車が通る音で満たされる。ごうごうとしたそれに掻き消される会話の端々。どうせなら私の煩い心臓の音も掻き消してくれないかな。
 こうやってたっぷり時間を掛けて心の準備をしないと花巻くんに会えないっていうのに、その努力も虚しく妨害されてしまったから。

「会った時の時間聞いたら待ち合わせの前だったからよ。もしかしたら歩いてんのかなーって」
「……」
「いつも?」
「え、ええと大体は」
「なんで?」
「それは」
「あ、何もしかして金欠?」
「ち、ちがっ」
「じゃあ何で歩いてんの。電車使えば良いじゃんよ」
「……笑いませんか」
「笑えんの?」

 対称的に花巻くんは私と会うことに対して緊張しないみたいだ。いつもみたいに意地悪く笑ったり、茶化したりっていうやり取りをスムーズに行っては、さも当たり前みたいに私との距離を一気に縮める。
 手を取られ、私たちが集合するはずだった駅、とは全く逆の方向へ歩き始めた。

「は、花巻くん、こっち待ち合わせの駅と逆だよ。ていうか、手」
「おー」
「おーって、どこ行くの」
「お前の最寄」
「は」

 すたすたと歩く歩幅は彼にしては短く、ちょっと粗暴な口振りとは裏腹に彼が私の歩調に合わせてくれているのが分かった。
 手を引かれ、歩き出す私たちを追い越すように、四両編成の電車がまた走り抜けていく。数分も経たないうちに、あの電車は私の最寄駅に到着する。何も考える間もなくそれは本当に当たり前のように走り続けているのだ。その箱の中から飛んでいくように過ぎ去る光景を見ていても、私は落ち着かない。だから歩いていたのに。
 花巻くんの背中を眺めながら、私は唇を噛み締めた。

「あれに乗ったら、すぐに花巻くんがいるでしょ」
「はあ?」
「心の準備も何もないじゃん。ちょっと待ってよって言っても待ってくれない」
「待ってくれたらすげーけどな」
「だから。歩いてたの。花巻くんに会うための準備。緊張して、失敗しないように」
「何だそれ、笑えねえ」

 笑えねえ、という声の端が消え入りそうだった。花巻くんにしては珍しい。
 花巻くん、と名を呼んでも彼は前を向いたまま淡々と歩き続けてた。怒ってるわけでも茶化すわけでない。ただ私の言葉に耳を傾けて、それから何かを考えているようだった。
 握り締めた手のひらが熱い。じんじんと私たちの皮膚を刺すような日差しが痛くて暑くて、まだまだ季節は夏が引き摺っていることを悟った。
 それでも私も花巻くんも絡めた指を離そうなんて意志はまるでないみたいに、強く握り締め合った。道行く人が、私たちを見てたらどうしよう。知ってるひとにあったらどうしよう。そんなことも考えたけど、どうやったって今の状況を覆すことは出来やしないだろうからその時はその時だって、半ば諦めたみたいに歩き続けた。

「これからはお前の駅で待ち合わせするからな」

 あともう少しで私の最寄に到着する。その道のりの端々を眺めながら花巻くんは言った。なぜか少しだけ恥ずかしそうだった。私は首を傾げた。
 分かったことは一つ。これからは迷ったり深呼吸したりそういうことが出来なくなるんだってこと。緊張したまま花巻くんに会って、とんだ失敗したりしたくないのに。そんな感情を含めながら花巻くんにいやだよ、と告げても、彼はただ嬉しそうに笑ってるだけだった。意地悪だ。



ぜんぶしりたいからだよ
私たちの間をまた、電車が足音を轟かせながら駆け抜けて行った。