201105~ | ナノ





 およそ数年ぶりに会った友人を前に、照れくささを隠すように笑った。青い服、ポケットから覗く白い手袋、黒い髪、強い光を携えた瞳。数年前に出会った頃と、そこまで姿かたちは変わらない。それでも彼の顔つきは着実に年を重ねていて、胸に飾る紋章が変化している。そのことに私は戸惑っていた。きっと彼も同じなのだと思う。「君は相変わらず綺麗だな」、と。本当の感情を覆う口八丁はご健在だったから。

「安心した」
「何がかね」
「なんていうか、変わってない。ううん、変わってて」

 どっちだ、と笑い、背の低いグラスを煽る。こうやって、バーのカウンターに肩を並べるのも随分久方ぶりだった。カランと、氷が踊る。歪な形に映りこむ自分の顔を覗き込んで、その表情の酷さに辟易とした。

「イシュヴァール振りか」
「そうね」
「酷かったもんだ」
「そうやって思い出に出来るところとか」
「うん?」
「ロイは変わってないなあ、って」

 あ、今は大佐か。そう呼ぶべきかしら。おどけたように笑ってみせるとロイは肩を竦ませた。「軍役でない君がそう呼ぶのは相応しくない」。そう、続けながら。
 手のひらを照明に翳してみる。今は銃を握ることなど滅多にない自分の手が、それでもあの頃と同じ色をしているようで。目を細めた。

「でもね大佐」
「冗談は止せ」
「……ロイ」
「何だ」
「軍が関係していないとこうして会うこともないのだと思うと」
「……」

 手にしていたカクテルグラスに唇を付ける。流し込むと仄かにアルコールの香りが気持ちを落ち着かせてくれるような気がして、少し多めに飲み込んだ。そうでもしないと、涙腺がやられてしまいそうだった。辛い、悲しい、苦しい。そんな感情は昼間に全て涙と共に流し終えたはずだったのに。枯渇することがない。それは、幸いなことなのか不幸なのかすら判断が付かない。
 それほどの、出来事だったのだ。

「やっぱり、私も軍人だったんだなあって」
「今は?」
「当時お世話になった人に紹介してもらって、役所にね」
「そうか。立派なことだ」
「立派なもんですか」

 例え葬式であっても、敬礼が許されることのない職場だなんて。
 私が続けた言葉に、ロイは顔を歪めた。その話題を口にするつもりなどなかった。元より、彼と再会するつもりだってなかった。けれど引き合わせてくれた。そのことを、私はどう受け止めていいのか分からない。目を伏せれば、優しい彼の微笑みがまだ鮮明に浮かんでしまって。瞬きすら嫌悪した。

「……最期くらい、彼と会った頃の私の姿で接したかったなあって」
「それでもヒューズは君に言うだろうな」
「何て?」
「私と同じように、『立派じゃねえか』、と」
「やだなあ、似てない」

 うまく、笑えていただろうか。薄暗い店内で、それでも彼は同調してくれた。薄く浮かべた笑み。その瞳は決して笑っていない。強く光に満ちていて、それが彼の意思の強さを私に教えてくれていた。

「ねえ、ロイ」
「何だ」
「……錬金術のことは何も分からないけど」

 カクテルグラスを指でなぞる。水滴で濡れていた指先が、微かに音を発した。酷く耳障りなそれを止め、彼の方へ向き直る。何も、言うことはない。止めることも出来ない。私と彼とでは、大きく立場は変わってしまったのだから。
 指先を上へと仰ぐ。しっかりと自我を保っていないと、たちまち赤く染まってしまいそうなそれを彼に差し出す。ロイの瞳が、微かに大きく開かれる。

「逢いたいなんていうのは、利己的だと思う」
「君は、?」
「とても逢いたい。今すぐなけなしの脳をフル活用して、勉強したいくらい。とても利己的でしょう?」
「……全くだ」
「でもあなたは、あなたを慕う人のことを考えてあげてね」
「その言葉をそっくり返してやろう」
「そう、ね」

 からん、と氷が悲鳴を上げる。目を伏せてしまった。たちまち涙腺が刺激されてしまった。けれど彼の前で喚いたり、叫んだりすることだけは絶対にしたくなかった。ロイは優しい。私が泣いてせがんで求めれば、あるいは。
 だから、私は強がりと笑われようとも今の姿勢を貫き通す。彼を、ロイを痛みの渦に陥れることなんてしたくない。ほら、利己的でしょう。自嘲の息を零して、目を細める。ロイは黙ったまま、私の方へ手を差し伸べてきた。
 本当に、容赦のない男だ、と思った。数多の女性に対しては素手で触れるくせに。軍人の経歴を持つ私に対してはそういう配慮を見せてくれない。プライベートにもかかわらず彼は任務の一環とでもいうようにその指先で私の目を拭ってくれた。
 そのことが、とても嬉しかった。

「やっぱりロイは、変わらない」
「なまえも相変わらず綺麗だよ」

 ありがとう、と笑った。頬を、一筋の涙が伝う。無意識だった。揺れるカクテルグラスの向こう。同じ店で笑い合う過去の自分達の姿が見えたような気がして、一層胸が締め付けられる気分に陥った。




20130821/逢いたい