201105~ | ナノ



 相変わらず無茶ばっかりね。その言葉に、彼は顔を逸らした。後ろめたい時に視線を交わすことを嫌がる癖は、昔からずっと続いている。きっとそれは、私という身近な存在が指摘しなければ治らないものだろう。私は言わない。気まずそうに視線を逸らすその横顔を見るのが、とても好きだから。

「うるせえ」
「そう言われたくないんだったら、少しは控えめにしたらどう」
「控えてるっつーの」
「どこが」
「打ち首にされねえ程度には」
「まあ、確かに」

 陣中での諍いは御法度。程度によるけれど、最悪見つかれば首が刎ねられる場合もある。
 もちろん私は甘寧が死ぬのは嫌だから、喧嘩の仲裁に入った後で自分の上司に報告することはしない。客観的に見れば、私も共犯者だ。

「甘寧のせいで私まで罰受けるのは嫌よ」
「報告のひとつでもしたらいいじゃねえか」
「それはもっと嫌。そんなことしたら甘寧が酷い目に遭うじゃない」
「巻き込まれても知らねえからな」
「もう巻き込まれてるから。とっくに」

 純白の布切れをくるくると甘寧の腕に巻いていく。見る見るうちに白が汚れていく様を見つめながら、溜息を一つ落とした。

「埒あかない」
「いーって。こんなのほっときゃ治る」
「バカでしょ。治るわけない」
「治るっつーの」

 小さなことで意地張るから、喧嘩が絶えないのよ。心配の滲んだ私の声に、甘寧はまた顔を逸らした。それを良いことに思いっきり彼の腕に巻いていた布を握る力を強くする。

「いってえ!」
「もうここまで来たらいっそ出切るまで出しちゃった方がいいんじゃないの」
「何怒ってんだよ!」
「怒るわよ、そりゃ」

 一度巻いていた布を剥がして、脇に置いていた薬草を手にする。出来れば薬に頼るようなことはしたくなかったけれど、血が止まらない手前妥協せざるを得ない。大体薬を使うのを戸惑わせるのは何より、張本人である甘寧が薬嫌いのせいだ。もうここまで来たら諦めて欲しい。

「本気かよ」
「盛大に嫌そうな顔ね」
「絶対しみるだろそれ」
「鈴の甘寧が薬嫌いっていうのも何か、面白い話だけど」

 薬草を口に含み、咀嚼する。この手の薬は一度充分に水気を含ませてからの方が効果があるのだ。一連の流れに、それでも甘寧は嫌そうな表情を止めない。

「ていうか、一番私が苦いんだから」
「じゃあ食うな」
「甘寧が自分で湿らせてくれるんだったら私もこんなことしないんだけど」
「頼むわ」
「最初からそう言えばいいのに」

 笑って、自分の唾液で湿った薬草を布で巻く。そっと患部に宛がえば、傷口にしみたのか彼が痛えと小さく呻いた。我慢して。子供をあやすように制して、治療を続ける。

「はい。終わった」
「おう」
「……あんまり無理しないでね」

 布に付着した赤い色が鮮やか過ぎて、目眩がする。それほど致命傷じゃないとは分かっている。分かっているけれどそれでも、持つ手が震えてしまう。それを見かねたように甘寧がこちらを覗き込んで来た。どうしてこういうときばかり、気付いてしまうの。

「泣いてんのか」
「見ないでよ、バカ。泣いてない」
「目赤ぇけど」
「うるさい、バカ。喧嘩バカ」
「バカバカ言ってんじゃねえよ」

*

 布を巻き終えた頃、甘寧は「ありがとよ」と言った。思えばその言葉が聞きたくて私はこんな世話焼きの女になってしまったのだと思う。照れくさそうに笑って、珍しく素直に感謝の意を示す彼の姿が見られるのはこういうときしかない。
 だから小さな頃からとても嫌いで苦い苦い薬草を口に含むのすら、私は厭わない。



20110923 / 「浅葱」の原型でした
titile/hum.