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「生憎の雨ですねー」 「そうだね」 「どうせなら、雪降ったらいいのに」 「それは……困るなあ」 「なんで?」 「寒いから」
こうやって今進めてる問題集だって、手が悴んで動かなくなればやらなくて済むのに。意外と寒いことも良いもんだよ。 あえて言葉にはしなかった。けど亮介はさくさくと進めていた数学の参考書をそっと机の上に置いて何を考えてんのかよく分からない笑みで私を見る。そういえば笑顔なのは、いつものことだった。
窓が曇ってる。それほどまでに外が寒いのか、室内が暖かいのか。多分前者だろうな。だってこの図書館の中、絶対設定温度23度だと思う。賭けてもいい。事務員のおじちゃんがこの間、コストがどうのこうの愚痴ってたのを聞いたし。
「りょーすけ」 「んー、寒い」 「うん。あのね」 「空調しかないんじゃないの、ここ」 「え、そうなの!」 「何でオーバーリアクションなの?」 「嘘!だって空調だけだったらもっと寒いはずだよ」 「そうかも」 「え、あ、そうだよ」 「それにしても外、すごい」
え、と彼が目を向けた方向に釣られて私も目をやる。あれ、と思った瞬間には私は自分の意思とは関係なしに大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。図書館の委員の人に睨まれたかもしれない。けど、そんなのお構いなしだ。先ほどまでパラパラと降り続いていた雨が、いつの間にか白いものへと変化していたのだから。
「雪じゃん!」 「珍しいね。東京で雪降るなんて」 「今年は冷え込むって言ってたしねー」 「帰るの面倒だなあ」 「寮住まいが何言ってんの」
こちらとら駅まで徒歩だっていうのに。その労力に比べたら学校に隣接されている寮までの距離なんて大したことないじゃないか。実際言われてみて思う。た、確かにこれは帰るのが面倒そうだ。電車止まってないといいけど。そんな希望はきっと裏切られるだろうから持たないでおこう。
「わー、積もるかな」 「すぐ溶けるよ、東京の雪なんて」 「つまんないなー雪だるま作りたいな」 「作れたら作りなよ」 「見込みのない希望は持たないんです」 「へえ?」
さらさらと小麦粉みたいな白い粒が空から舞い降りては二階建ての図書館の窓のはるか下方へと落ちていく。落ちていった雪は地上に到着してやがてすぐに消えてしまうのだろうか。儚い。だからこそ、いつまでも見ていたい。
「亮介、帰ろ」 「え?」 「雪なんて何年に一度降るかわかんないんだから。感覚忘れちゃうよ」 「なんの感覚?」 「雪の冷たさとか。冬だっていう実感とか」 「もう充分知ってるよ」 「でも亮介と一緒に味わったことないんだよ、私」 「名前」 「んー?」 「ずるい」
背もたれに掛けていたコートを羽織って手早く机に乱雑に置いていた参考書類を鞄にしまう。慣れたようにマフラーを首に巻いていたら、同じような動作をしていた亮介が笑った。そしてもう一度窓に目を向ける。まだ、降ってる。いつ止むかも分からないから早くしよう。もしかしたら今年最後かもしれないし、これからだって二度目があるかも分からない。希少価値の高いからこそ、亮介と一緒に実感していたいんだ。
「風邪引いたら責任取って」 「え、何で私」 「今日手袋持ってきてないんだよね」 「関係ないじゃん」 「何で?」 「え?」 「雪だるま、作るんだろ」 「……積もってたらいいね」 「まあまず無理だろうけど」 「夢壊すなー」
ずるい世界
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