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「グラウンドって、誰でも入っていい訳じゃないよね」

自分で自分の首を絞める発言だろうか、と一瞬迷ったけど敢えて言葉にしてみた。彼がどう反応を返すかが気になったからという安直な考えだけで、部外者を名乗る発言。いとも簡単に喉を通り出た自分の声に正直、自分自身が一番驚いていた。暁とわたしが普段住む世界は全く違う場所。そんな現実を、自分で突きつけてしまっていた。

「暁が、投げてるのはあそこ?マウンド?だっけ、」
「そう。…別にグラウンドは入ってもいいけど」

あそこは誰にも入らせないよ、なんて、わたしじゃなくてライバルの子に言えばいいことなのに。相変わらずエゴイズムやら自尊心やら、我儘やら。ピッチャーによくある性格として挙げられるものを全て持っているような彼を顕著に示した言葉だった。

声にならない笑いを、零す。いつだって彼はマイペースで、人の都合なんてお構いなし。それは野球に限ってのことじゃなくて、わたしにだってそうだ。寮だとか、部活だとか、学校だとか。時間は限られども作ろうとすればいくらでも作れるはずの時間を作ろうとしない。こっちから会いに来なけりゃ一切の音沙汰なし。もし彼と付き合っていたのが同年代の彼女(いわゆる若い子…ああ、また自分の首を絞めた。どうせ年増です、よ!)とかだったら、多分耐えられないだろう。そういうわたしもそこまで大人じゃないんだ、けど。(こうして耐え切れずに暁に会いに来ていることが何よりの証拠)

「暁、今日で何日連絡寄越さなかったと思う?」
「え、誰に?」
「わたしに」
「……さぁ」
「三週間、つまり、何日?」
「……さぁ」
「暁ってそんなに馬鹿だったんだ」

ム、という効果音でも聞こえてきそうな暁の表情に、今度は大きく声を出して笑った。ごめんごめん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ、ただ。…ただ。

「なに?」
「………」

ただ、という接続詞以下、喉が呼吸を忘れたかのようにとまった。訝しげに、彼がわたしを覗き込んできた。整った顔立ち、引き締まった体。いつもどれくらいそれらを駆使して頑張ってるんだろう。辛い思いも、悔しい思いもたくさんして、たくさんの努力をして。

(ただ、…少しはわたしのことも思い出して欲しかった)

一番のエゴイズムは、わたしだ。

「ごめ、多分、もう、無理」
「……?」
「わたしも仕事、忙しいし。暁だって野球、大変なんでしょ。………わたし達さ、もう、」
「次は、いつ会える?」
「……え?」

付き合っていないほうが、良いと思うんだ。続けさせてはくれなかった。覗き込んだ形のまま、暁はわたしから視線を外そうとはしない。決してどこも拘束されたりしてるわけじゃないのに、体が動かなかった。射抜かれるって、…こういうことなんだ。

視線が、期待をくれる。少しは、わたしにも望み、あるって、信じて良いの。会えなくて辛いって気持ち、忘れさせてくれるようなこと、期待してしまいそう。それでも良いの。聞こえるわけないって知ってても心の中で暁に問い続けた。思わず胸を押さえる。心とは裏腹に言葉が生意気さを、連ねる。

「……いつも連絡くれないくせに」
「……あなたの方からいつも来てくれるから」
「なにそれ。人任せすぎ」
「安心する、から」
「どういうこと」
「……ごめん、うまく言葉に出来ない」

口元を押さえて、保護のためなのかマニキュアで綺麗にコーティングされた爪が、気恥ずかしさを物語るように色を変える。やがて意を決したように、腕がこちら側に伸びてきて。夜風に乗っていたわたしの髪を、静かに撫でた。大きな掌が伝えた温もり。安心するような温度は普通の人よりは幾分か冷たいものであったけれどわたしにしたら涙が出るほど、嬉しい温度だった。うまく言葉に出ないけど。暁が先ほどの言葉を引き継ぐように紡ぐ。



世界の片隅に君はいない
隅なんかじゃなくて、そう、気持ちはいつも隣に。


(……あなたがここに来てくれるから、ここにいる僕はまた一つ、頑張れるわけで、ええと、)
(……不器用にどうもありがとう、)
(伝わった……?)
(あはは、さあね)
(……!)