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明日の日直・御幸一也。御を書いた後に幸を書くのがどうもいけ好かない。バランスもへったくれもない。更に幸の後に歪んでしまった一を見て、とうとうわたしは御幸一、まで書いた場所を黒板消しで綺麗に消した。チョークの粉が舞う。隣でもう一個の黒板消しをクリーナーに掛けていた男が咳き込んだ後、こっちを見上げて来た。

「ちょっと消す前に一言言ってくんねー」
「ごめんごめん、誰だかわかんなかった」
「誰かわかんなくても普通断り入れろよ!ってか彼氏に対してその言い草なに」
「……だっていっつも帽子被ってる癖に」
「クラスじゃ被ってねーだろ……」
「わたしは野球してる一也しか見てないもんねー」

あーはいはい。うんざりしたような返答。なんだそれ。精一杯の本心だと言うのに。そういう雰囲気が一也にも伝わったのか、掃除中に言うのは信用出来ねぇとか言ってきた。あーまぁ、確かに。一也がクリーナーに掛けたお陰で綺麗になった黒板消しと、自分が持っていた裏面真っ白のそれとを交換すると再びわたしは御幸一也の漢字に挑戦することにした。隣で、おい折角綺麗にしたんだから使うんじゃねーよと言ってくる一也なんて無視。大体綺麗にしたところで彼ら、つまり黒板消しは汚れてしまう運命なんだ。諦めたまえ。と、動かした指先。御じゃなくて卸、になっていたのを幸を書いてから気付いた。

「あ、ぎょうにんべん忘れた」
「うっそ俺卸幸じゃねーし。つーかこれってなんて読むわけ?おろしゆき?」
「おろゆきとか?まいーや、書き直そ」
「あー俺必死に綺麗にしたのに」
「気にするな気にするな」

裏面真っ緑の黒板消しは卸幸を綺麗に一発で消し去ってくれた。何度目の挑戦だこれ。うーんと、多分三回目。三度目の正直とはなかなか上手いことを言う。御幸一也、と自分でもなかなかバランスが取れたな、と納得のいく作品が出来上がった。これはまぁ、明日の掃除の時間には消えてしまうだろうけどそこは一日千秋の考えで行こう。

「この御幸一也なかなかいけてない?」
「じゃあこの御幸一也は?」
「自分指差すな、ダルイから」
「うわー」

ガヤガヤとしている掃除の時間がもうすぐで終わりそうだ。机を運びなおして綺麗に揃えようとする生徒とは若干離れた場所で孤独に作業する黒板係は何となくわたしに適職だと思う。いつの間にか制服のスカートに付いてしまっていた黒板の粉を叩きながら、もう一度チョークを握ろうとする。その手が遮られた。

「貸して」
「えー、わたしの楽しみが」
「いーから」

鼻歌交じりにわたしからチョークを奪った一也が日直のスペースに合わせる様に屈んだ。それを見ながら、わたしは真っ白い黒板消しを仕方なしにクリーナーに掛けていた。教室中に響き渡る雑音が、煩わしい。

「出来た」
「え、何これーわたしの字とすごい差じゃん」

御幸の言葉に上を向く。と、自信満々な奴とは裏腹、決して上手い?とは言えないような字でわたしの名前が書いてあった。苗字 名前。途中で右に傾いていたり、さっきのわたしみたいに大きな字の間違いはないけれど全体的なバランスがちょっと歪だった。けれど、御幸の字で書かれたわたしの名前。明日には消えてしまうかもしれないけれど、お互いが書きあった名前。それ自体がどこかの作品のような感じだった。

「愛し合ってるーって感じ?」
「ふざけんなー」
「はっはっは、照れんなって」
「照れてないー」




西日が、眩しい教室での小さな出来事。
御幸一也、苗字名前と隣り合って書かれた名前が、やがて部活行こうぜーと言う御幸の一言をきっかけに連れ立ってグラウンドへ向かうわたし達を見守っているような気がした。