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「なんというか、すごく不本意なのですけど、まあ、礼儀と言うか」

自分でもなに言ってるかよく分からないのだからきっとそれ以上に彼にはわたしの言葉は理解し難い物になっているだろう。その証拠、と言って良いのか分からないけど目の前にいる彼は鳩が豆鉄砲を食らった、という比喩がまさにぴったり当てはまると言える表情を浮かべていた。差し出した紙袋を持つ右腕が、微かに震えていることを今更になって気付くという失態をするくらい、わたしの心臓は見事に余裕をなくしていた。捲くし立てる。腕を伸ばしっぱなしにしてると痛いので早く受け取って下さいよ。ただ、震えている事を、悟られたくなかった故の強がりだと彼はもう気づいてしまっているだろう。彼の表情は驚愕からやがていつもの微笑みに、変わる。嫌な予感は勿論最初からあった。

「まさか君から貰えるとは思いもよらなかったな」

ああ、それなら他の女性から貰える自信はたっぷりあったって意味ですか。わたしの必死の強がりも虚しく、彼は未だにわたしの持つ紙袋を受け取ろうとはしない。一種の嫌がらせだと、思う。

「大体普通は女性から送るもんじゃないんですよ、バレンタインデーなんて一種の記念日とかと一緒なんですから。でも今年は女性から男性とかいうおかしな流行があるみたいで…とにかく!右腕が痛いんで早く受け取ってくれませんか」
「素直に受け取ってほしいと言えないのかね君は」

苦笑交じりに彼はそう返す。余裕のないわたしに対して、彼は至極冷静。その事実がまた更に余裕を無くさせることくらい、あなたは知っているはずなのに。対照的にまじまじとわたしの差し出す紙袋を見ては、感嘆の声を上げる。…こんな意地悪い人をどうしてわたしは。

「ほう、君みたいな人がそんな流行に乗るなんて、ね」
「…悪いですか」
「悪いなど一言も言ってないぞ、私は」

差し出したら最後。後には引けない雰囲気で彼はわたしを見て、そして意地悪いことをするのだ。わたしはわたしで、諦めてしまったらもう二度と渡すことなど出来ないだろうと分かっていた。気付いていたのだ、自分の気持ち。ただ、素直になれいんだ。彼を、わたしは好きだ、と。

「だから、」
「うん?」
「今日だけは、意地悪しないでください」
「……自覚なしとは恐ろしいな」
「…は?」

いい加減冗談抜きで右腕が疲れてきた時に彼から突拍子もない言葉が発せられた。どういう意味ですか、その問いに彼は答えない。何故か、何故かその瞬間わたしと彼が同じ状態に陥ったような錯覚に襲われた。大佐、余裕なくして、る。

「君に貰えるとは思っていなかったから、少し感動しすぎたみたいだな」
「どういうことですか」
「君のいつもの無自覚な殺し文句に、どうやら耐えられそうにない」

右腕が、圧力を失う。その代わりに微かな痛みが走ると同時にわたしの体が温もりに包まれた。皮膚越しに、いつもより近い位置から彼の声が響く。大佐、と彼を呼んでも反応はない。ただただ、自分より身長の低いわたしの肩に顔を埋め、わたしをきつくきつく抱きしめて、残り少ない私の中の余裕というものを、殺してくる。

「私だって余裕など最初から持ち合わせてないさ」


好きだから
ひとしきり強い抱擁が続いた後、彼はひどく優しい手つきで紙袋を受け取った。今まで見た事などないくらい、柔らかな笑顔と一緒に。