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重荷になるならさっさと切り捨ててくれたらわたしだって楽だというのに彼は優しいのか弄んでいるだけなのかそれとも本心からなのかわたしの首を東方から違う場所へ移すことはしなかった。いっそ飛ばしてくれたら楽。そういえば彼は刀や銃よりも錬金術か。なら、燃やしてくれたらいいのに。わたしの前でその指が景気よく鳴るのは決まって任務に就くときのみだった。わたしへは、向けられない。

燃やされる気持ちはどんな感じなのだろう、とたまに考えることがある。別段、殺されたいなんて願望は持ち合わせていないが炭に変わる敵の人間だった姿とその後の形を見ると、不思議に考えつくのだった。痛いだろうか。熱いだろうか。泣きたくなるだろうか。それとも。

一瞬のことに何も考えられないのだろうか。

「そんなに君は殺されたいのかね」
「……なんか言ってました?わたし」
「燃やされる気持ちが知りたそうな顔だ」
「そうですね」

構えていた刀を潔く下ろし、近くにいたホークアイ中尉がすぐさま憲兵たちに指示を出している姿が見えた。心地よい音を響かせ、鞘に収まる刀の柄に手を宛てながら視線はまだ、黒く煙を上げる「元」人間へと向けている。もう、初めて見たらこれが人だったのかと疑うくらい、それはおかしな物体だった。鼻を突く刺激的な臭いがまたその疑いを更に増やす。と同時にそれらの要素は人間が焼かれたときの定義だと予め決めてしまえば説得力を持ち合わせる何よりの光景だった。鼻を抉る不快感。どんな、気分だろうか。答える術はもちろんそれにはない。何故ならもう、死んでいるのだ。

「…人を焼く気分はどんな気分ですか」
「あまり好かない質問だな」
「…それは失礼しました」
「ここで私が『別にもう、慣れた』とでも答えたとしよう。君は、…君はこう続ける」
「………それなら」
「『それなら次はわたしを焼いてください』」

正解がこれほど嫌になったことはないよと彼が後頭部を掻いた。君はいつも私を不思議な気持ちにさせるとも言った。どういう意味ですかという追求の言葉は出ない。代わりに屁理屈がいくつもいくつも浮かぶ。歪んだ思考回路に、呆れを持ったため息を零した。

「お言葉ですが、人の埋葬には焼かれるタイプもあります」
「そうか。わたしは土の方が良い」
「わたしは炎。…同じ炎なら指定しても構わないかと」
「何十年後と、遠い話だろう。今からすることでもないさ」

どうやらこの人はわたしを元より殺す気はないらしい。ついでに、死なす気も皆無のようだ。一丁前に反旗でも翻せば殺されるだろうが、頭が即座に否定した。わたしはこの人の側にいたくはないが、敵になるつもりはない、と。

「…大佐は卑怯です」
「何とでも言いたまえ。…これ以上失うのは勘弁だ」
「重荷になるなら即座に切り捨てて下さい」
「名前には名前にしか出来ないことがある。中尉と自分を比べるな」
「気付い、て、」
「名前中尉は分かりやすいからな」
「…すみません…」

いつの間にか、鼻を突く臭いが薄れていた。目の前に置かれたそれがまるでそこに最初からあったオブジェのようで、遠くでホークアイ中尉に指示を受けた憲兵二人が死体を隠すシートを片手にこちらへと走り寄ってくるのが見えた。わたし達二人にきりっとした敬礼をした後、それにシートを隠し、検証を始める。応援に来たはずの何もしていないハボック少尉がうへぇと情けない声を出しては、鼻を塞ぐ。

「大佐も中尉も、こんな悪臭の中よく平気な顔していられますね」

薄れたわけではなく、慣れてしまっていただけなのか。今更、そういえば鼻の感覚がないとさすりながら答えると少尉が苦笑いを浮かべた。

「………大佐、」
「何だね」
「大佐は、慣れてるんですか」
「……」
「銃を持つ人が硝煙の香りに慣れてしまうのと同じように。人が焼かれる臭いに、」
「さぁな。キッパリと肯定すれば君はまた『慣れているのなら燃やしてくださいよ』とでも言いそうだ」
「半ば肯定なんですね」

検証を終えた憲兵が、少し苦い顔をしつつもシートにくるまったそれを運び出し始めた。他にも、先ほどまであちらこちらに転がっていたテロリスト達の死体がきれいになくなっている。残された血の跡が生々しい現場をまだ、引き立てていた。

「さて、司令部に戻ってまた事後処理だ。ハボック少尉、後は任せたぞ」
「はいはい…大佐も人使いが荒ぇんスから…」
「……何をしているんだね、名前中尉」
「え、あ、はい…ホークアイ中尉は」
「彼女は現場の指揮。一人じゃ不安かね?」
「いえ、」
「なら司令部までの護衛を頼むぞ」
「はい、」
「それと、」

車へ戻る道の途中、血の跡がつらつらと残る道を踏みつけるように歩いていたわたしを、彼は見た。やはり優しいのかもしれない。弄んでいるわけでもなく。本心かどうかは分からないが、優しさと当てはめるにはちょうど良いくらい、大佐の声が心地よい音程だった。

「君を飛ばす気も、死なす気もさらさらない。それだけは覚えていたまえ」








その優しさは魔法使い
わたしを、変化させる