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「愚か、ね…」

彼女はわたしの呟いた言葉を反復した。噛み締めるように。強く憎悪を巻くように。他のものは皆、最後の敵である遠呂智へと向かって戦場を疾走している。力なく横たわる女の姿には目も向けず、向けた者が居てもすぐに目線を逸らしこの場から去っていく。愚か。それが相応しいと、わたしは笑った。

「……なに、わらってんのよ」
「散々人を馬鹿にしていた女が、その人に倒されるなんて風情がないと、思って」
「馬鹿にしてんでしょ」
「まさか、」

倒れた彼女をただ仁王立ちしたまま見下ろすわたしを、忌々しそうに睨む。妲己。遠呂智と共に仙人の住む世界から脱した重罪人…らしい。到底そうは思えないような今の現状を、多分彼女はすごく汚点であると思っているだろう。人生最後の出来事が汚点なんて、つくづく悪しきことだな、と溜息を零した。手にしていた銃は静かに仕舞う。止めを刺す理由が、わたしにはなかったからだ。

「…ねぇ、妲己」
「なんなの、アンタ…用が無いならとっとと遠呂智様のとこ行って、とっとと死んできなさいよ」
「妲己はこの世界をどうしたかったの?」
「……はぁ?」
「……」

驚いた表情とか、一応まだ顔の筋肉の感覚はあるんだ、なんて内心感心しながらもその場に胡坐を掻く。どうせわたしが行かずとも名将たちが、遠呂智とやらは討ってくれるだろう。急いでここを立ち去る理由も、わたしは持ち合わせていなかった。

「人を、どうしたかったの」
「知らないわよ。わたしは唯、遠呂智様に従うだけなんだから」
「…へぇ」

頬杖を付くわたしを、睨む妲己。なんとも言えない空間だった。それ以外は拠点もないため、兵はいない。目を猫のように尖らせる妲己の表情は『遠呂智』という単語を発するときだけ微妙に変化する。うまく言えないけど。どこか人間くさくなるのだ。仙界にいたこいつが、人間界に来て少し変わったのかもしれないな。いや、わたしは仙界にいた頃の彼女を知らないから断定は出来ないのだけど。大切な人が誰にせよ居ることが少し、羨ましかったのかもしれない。わたしは。

「……うっ…」
「死ぬの?妲己」
「悲しいなら助けなさいよね」
「ごめん、それは無理だわ」
「そう素直に拒否られると変に落ち込むんだけど…」
「おはは、人間らしいなぁ」

至極驚いた顔して見せた彼女をわたしはまた、笑う。人間らしいと言えば卑弥呼たる少女を連れたときの妲己もまた、人間味があったような、なんて考えてるとき、小さくうめく声が聞こえて、彼女は吐瀉物を地に叩き付けた。血液とは言えない様な、そんなものが妲己は人間でないと主張する。妲己、と呼べども彼女はもう見上げる力も無くなったのか反応を示さなくなった。仕方なし、一方的に語りかける。

「変に人間味のあったあんたをわたしは少なからず嫌いじゃなかったよ。…味方だったら、…いや、これは余計かな。…多分、忘れないから」

徐々に空中に分解されるように姿を消していく妲己が、最期にわたしを睨んだ。小さく笑って、それを見送る。どちらの軍勢が勝利を収めたのだろうか。その結末も気になるところだったが、今しばらく彼女がいたここに居ようと、わたしは欠伸を零した。さようなら、もう届かない言葉を一緒に。




終焉を望んだ彼女の結末





 
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