ひとつ、また日が散る。
いつだったかははっきり覚えていない。ただ、初めて会ったときにその映えた銀色の髪の毛があまりにも印象的過ぎて数秒間は声を発することを忘れてしまっていた。
若い、男だった。年は正確には聞いたことがなかったけれどその手には不釣合い極まりないものを持っていた。
お互いを紅で染め合ったわたし達が出会ったのは必然とも言えた。煙、塵が飛び散る戦場。心がまだ幼すぎたわたしの左手にも、重たい鉄の塊が握り締められていた。雨が降り、日は散った。明日の死合いまで、しばしの休息だといわんばかりにわたしは火をくべた地面に座り込み、深い溜息を付いた。
「幸せ逃げんじゃねーの?」
「あのねぇ、こんな汗臭い場所で幸せもなにも最初からないでしょ」
「ま、それもそーか」
大人数の人間とも言えない物体に囲まれた生活を何日も過ごしているからか、嗅覚は麻痺したように動かない。
パチパチと燃える火種の音が聞こえる。炎、それは赤い。まるで、そう、掌に掬った血液。手をかざせば、熱い。そんなことは分かるのに。
「面倒なことになっちゃった」
「ああ?」
「嗅覚が、全くない」
「……」
「血の匂いに慣れすぎたかなー」
戦場の匂いを嗅ぐことはない、と安堵するもののやはり嗅覚がないと不便だ。天人の中には特徴的に匂いのある奴らがいたり、嗅覚に頼らなければならなくなる場面も戦場には存在するのに。困ったな、ともう一度自分自身に不平を溢すと、銀時はさも気にしないという風に地べたに横たわった。
「心配してくれないの? 同志」
「別に」
「あ、そう」
「どうせ俺側にいるんだから大丈夫だろ」
「……」
正直言って心底驚いた。『側にいるんだから』。そんな人間臭い言葉を、ここへきて初めて聞いた気がするから。でも、考えてみれば初めて、というのは違うかもしれない。
「ねぇ、銀時」
「なんだよ」
「わたしと初めて会ったとき銀時が言った言葉覚えてる?」
「……いちいちそんなの覚えてねーよ」
自分の言葉なのに、と笑った。笑った後、あのときの光景を脳裏に思い出して、少し嬉々が込み上げてくる。
「『よろしくな』って」
「あー、言ったかもな」
「あれには驚いたよ」
何で、という視線で銀時はこちら側に寝返りをうってきた。火にかざす掌の握る力を少し緩めて、わたしは銀時を真っ直ぐ見た。
「だって、戦場でまだそんなこと言えるひとがいたなんて」
「……」
「思ってもみなかったから」
幕府の為に、日本のために。わたし達は戦うという使命を持つと同時に死という現実と隣り合わせになっている。人が人であり続けるのは、難しいというのに。
『よろしくな』。
人間らしさに触れた心は、確かに潤いを取り戻していた。
「あれで、わたしはここまで生き残れたよ」
「んな大袈裟な」
「そして、今も救われた」
「あ?」
「『側にいるんだから』」
「あー……」
「……眠い? 銀時」
返事は返ってこなかった。その代わりに安堵しきったような寝息が定期的に聞こえ始める。
「……感謝してるんだよ」
わたしがわたしであり続けてる。それは紛れもなく、あんたのお陰。ありがとう、とは言えなかった。この戦いが終わってお互いが生き残ることが出来ていたら、そのときは。
「おやすみ、銀時」
素直に、自分の気持ちを言おうと思う。抱えた膝に顎を乗せて静まり返った夜を見上げるとふと現実に戻りそうになる。錯覚で何度も自分の掌が真っ赤に染まるのを見た。夢か、現か。その度にわたしはあなたの姿を戦場で探して保ち続ける。生きるよ、生き抜くよ。わたしはわたしであり続けながら。だから。
「どうか、変わらないでね、銀時」
もう一度おやすみ、と言葉を紡ぐと静かにそのまま頭を伏した。