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「私、手伝ってなんて言ってないんだけど」

 ベンチプレスの名称も分からない、とにかく重いだけの機材を手に皮肉を込めたように零す。第一、こいつ練習はどうした。そんな裏側の感情に気付くはずもない、目の前のド天然男はさして気にも留めずと言った表情で黙々と片付けを続行させていた。

「どうしたんですか」
「は?」
「部活、じゃないのにここに来てしかもトレーニングとか」
「うん」
「らしくない」
「ねえ」

 相槌と共に苦笑を零す。外では春の嵐の如く雨が降り続いていた。じめじめする湿気の中、交わす言葉は少ない。それは元々相手が無口だからだとか、そこまで会話をしたことのない二人だったからだとか理由は色々あるけれど、一番はあやっぱりここの雰囲気に自分の心がやけに感傷的になっているからだろう。
 よいしょ、と重りの一つ(凸凹で5キロだとか書いてある)を持ち上げ、元々あった場所に直しながら先ほどまで流していた汗の名残に微かな苛立ちを感じた。最後、これで最後。そう思ってたのに、どうしてここへタイミングよくこの男はやってくるのか。

「一人で居たかったのに」
「……それは、すみませんでした」
「いっつも素直に謝んないくせにこういう時だけズルイよね、ばーか」
「すみません」
「はー……」

 掃除したかも怪しいトレーニング室の床に、腰を下ろす。大方片付け終わった、と時計を見上げれば日も完全に落ち始めるような時刻だった。それなのにこの部屋に一つだけある窓の外は、まるで夕焼けのように明るい。雨が降っているならばもっと暗くてもいいんじゃないか。春が近付いているのだろう。春が近付いていて、そして私がここを去る日も近い。そんなことを考えながら、部屋の隅に置いていた自分の鞄を見つめる。体の隣に予め置いておいたペットボトルのポカリに手を伸ばし、蓋を捻る。口に含んだ水分を体中のあらゆる場所が取り合いしてるみたいでどこか可笑しさを感じた。

「フルヤくん」
「なんですか」
「ありがとね」
「……はあ」
「まああと一ヶ月もないし」
「いつも素直にお礼なんて言わないくせに」
「……」
「こういう時だけ、ズルイですね」
「そうだねえ」

 蓋を締めたポカリを、無造作に自分の鞄があるところへ飛ばす。中身が少ないからか、着地する音もそう大きくはなかった。見事それは鞄の口の付近に落ちて、くたりと体を横たえたまま青いパッケージが私達を見つめている。
 見るな、バカ。
 どうしてだろう。泣きたくなった。

「マネすんな」
「すみません」
「だから、謝んなってば」
「注文の多い先輩ですね」
「何それ私は猫と同類か」
「ぷ、……猫っぽい」
「笑うんじゃね―よ」
「口が悪いですよ、先輩」
「……」
「先輩」
「先輩、って言わないで」
「すみません」

 けど絶対泣くもんか。目に力を込めて、流さないように抵抗を図る。けれどもう、何て言うか。
 陥落は目の前だ。

「ありがとね。フルヤくん」
「……」
「ありがと。絶対忘れないし、絶対嫌いにならない」
「なんですかそれ」

 素直に好きなんて言わないけど、嘘じゃないよ。ここを卒業してもそれは変わらない。