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 変わらないものって、なんだろう。がらんとしたロッカールームに佇む彼の姿を目にして、私は唇を噛み締めた。薄暗い室内に差し込むのはただ、最後の足掻きと言わんばかりに照りつける夕日の日差しだけ。

「ふーるやー」
「……」
「聞いてんの」
「聞いてるよ」
「いつまでそうしてんの」
「止められるまで」
「止めてほしいの」
「止めないで」
「じゃあ何」

 返事はない。
 他の部活の連中がクールダウンに走る足音と、疲れを滲ませた掛け声だけが室内に届く。汗だくになった体を拭うこともせず、簡素なベンチに座り込んだままの降谷は、心なしか泣いているようにも思えた。実際その肌に滑るのは汗だけ。いや、でも汗だけとも限らない。私は降谷じゃないから。

「わかんない」
「え?」
「一心不乱に走って、あれだけ大見得切って沢村君? には宣戦布告したくせに」
「……別に宣戦布告じゃない」
「うそ。聞いてたけどあれどう見てもライバル宣言」
「じゃあ、そう、なるのかも」
「でも今は」

 今は、何。
 尋ねながら、降谷はぎしりとベンチに悲鳴を上げさせながら、上体を倒した。寝そべる格好になった彼に容赦ない残暑の日差しは照りつけ続けている。暑くないのかと聞こうとしたけれど、止めた。
 暑いとか、暑くないとか。疲れてるとか、疲れてないとか。そんなのは今、問題じゃないんだ。問題なのは、と私は心の中だけでそっと呟く。

「でも今は降谷が沢村くんみたい」
「……いいじゃん」

 なにが? と今度は私が彼の言葉の意図を探す。扉付近に立ち尽くしたままだった足をゆっくりと動かして、降谷の寝そべるベンチの傍まで歩み寄る。そして寝転がる彼の顔を真上から見上げた。澄んだ黒い瞳がこちらを見上げて、すっと細められる。
 本当、無駄に整った顔だと思った。野球バカなら少しくらいは情熱的な顔立ちにでもなりやがれ。一つ一つの言動に翻弄させられるこっちの身にもなりやがれ。的外れな八つ当たりだとは自覚していた。けれど内心思うくらいなら罪にもならない。
 降谷は少し思案するように視線を彷徨わせた後で、手にしていた薄いタオルで自分の顔を覆った。パサリと布擦れの音がする。それと同調したかのような、降谷の声が音となった。

「君の前くらい、こうさせてくれたって」
「……それは」
「ちゃんと回復するよ、みっともないの、見せたくないし」
「それは、弱音として捉えていいんですか」
「さあ」
「いいんですね」
「好きにすれば」
「どっち?」
「……しつこい」

 変わらないものって何だろう。探したって探したって見つかりはしない。がやがやと煩いくらいに騒がしかったロッカールームの静寂さも、夏の暑さが収束しそうなことも、何もかも次があって、そして巡り続ける。変わらないものなんて、ないんだ。そのことを降谷はもう、知っているのかもしれない。それでも受け止められないことだってある。降谷は知っているんだ。

「私の前だけですか」
「いい加減にしたら」
「いい加減に泣いたら」
「泣かないし」

 バカじゃないの。吐き捨てるように言い切って、降谷は目を覆ったままのタオルをぎゅっと握り締める。その手がかすかに震えているのを、私は日差しが眩しいことを理由に気付かない振りした。



20100613/ナルセ