×長編 | ナノ



 止まっていた意識を再起動させたのは、保健医の一声だった。

「えー……と、苗字さん?」

 記入した帳簿を見たのだろう。カーテン越しに揺れる女性らしい影が扉の方へ動いているのが見える。辿々しい彼女呼び掛け、一瞬戸惑うもののすぐに反応を返した。はい!思いの外大きな声が出てしまったため、目の前にいる男の子が起きないか不安になったけれどその心配は不要だったみたいだ。彼はぴくりともせず、深い眠りに落ちている。ぐらぐらと視界が危うい私としては羨ましい限りだった。

「ごめんなさい、ちょっと職員室に行かなくちゃいけないみたい」
「え?」
「とりあえず大人しく寝ててね。氷枕、帰って来たら渡すから」
「え、あ、はい」
「じゃあ」

 短い挨拶の後で、カーテンに映っていた影がドアの音と共に消えた。えーと。振り返り、再び眼下の光景に言葉を失う。うーん。先程から間延びした考えしか浮かばない。とりあえずここに先客がいるということは、先生が私に寝るよう指示したベッドを間違えたと考えて良いだろう。つまり、と見知らぬ男の子の眠るベッドを迂回して隣へ移る。引いたカーテンの先には誰もいなかった。当たり前だと決め付けていたことではあったけど、何となく安堵の息を吐いた。

「何を遠慮してるんだか……」

 誰にいうでもなく、呟く。体を滑り込ませる程度にしか開かなかった先程とは打って変わって、今度はカーテンを全開にしたのは些細な抵抗。くらりとまたも脳が息苦しさを訴えるかのようなめまいが襲ってきた。病気してまで遠慮をするなんて、病院へ行ったらカルテに心労が付け加えられるのではないだろうか。そんなどうでもいい思考に囚われながら、手にぶら下げていた鞄を無造作に床に落とす。室内履きを脱ぎ捨てて、まるで自分の部屋のようにベッドへダイブした。と、すぐに眠りを訴え始める瞼。



 上下の睫が今にもくっつきそうなところで、こちらへ近付いてくるような誰かの気配を感じたけれど私はそのまま深い眠りに落ちていった。