×長編 | ナノ


年が明けて少し経った頃、一冊の展覧会のパンフレットが美術部に届いた。
見事展覧会賞を勝ち取ったのは私……以外の人だったんだけど、でも、訪れた人から結構評判良いですよって連絡が顧問の先生に届いた日。
私は美術部には行かず、屋上へと来ていた。

隣では今日は部活が休みだと言っていた矢島さんが座っている。
握られた手がほんのり熱かったけれど、本格的に冬を迎えたこの場所では丁度良いくらいのものだった。
矢島さんが口ずさむメロディ。
それはあの時、文化祭で矢島さんが歌った唯一の曲だった。
最後のフレーズが終わって、彼が口を閉ざす。
聞き惚れていた私は、ゆっくりと彼の方へ顔を向けた。

「あの」
「ん?」
「保健室でも歌ってましたよね、」
「……ああ」
「あの曲も聞きたいです」
「結局あの時最初から起きてたんだ?」
「……途中からです」
「どっちでもいいけど」

小さく微笑んだ彼が、再び旋律を奏でる。
英語の歌詞。
けどどこか懐かしくて聞き覚えなのあるそれに私は何の曲だったっけ、と考えを巡らせていた。
途端、旋律が止む。
どうしたのだろうと、彼の横顔を改めて見ると少し意地悪い表情を浮かべていた。

「人が歌ってるのに考え事?」
「え、や、違います」
「何が違うのかな」

そういって、つないでいた手を器用に使って、私の姿勢を崩す。
わ、と小さく悲鳴を上げたと同時。
私の視界には冬の晴れやかな空と、矢島さんが映し出されていた。
押し倒されてる、そう把握した私を彼がまた笑う。

「ふ、ふざけ」
「ふざけてないよ。罰則」
「ばっ……!?」
「バスケ部じゃ、外周三周とか、ダッシュ10本だけど?」
「それは、や、やだ」
「じゃあ異論は認めない」

そういって、重ねられる唇。
何度しても慣れないし、第一ここは学校だ。
抵抗するも虚しく抑えられた私に更に彼がキスを繰り返す。
どんどんと深くなるそれに、呼吸が乱れて、意識がぼんやりしてしまった。
流される。
けれど心のどこかでもっと、と望む感情があることは否定しなかった。

「……ん、」
「……さっきの」
「ふ、……あ、さっき、の?」
「歌詞」
「歌詞?」

鸚鵡返しのように繰り返す私の表情を見て、目を細めた矢島さんがようやく顔を離してくれた。
崩れた姿勢を立て直すように私の腰を支えて、向かい合う。
やけに真剣みを帯びた彼の表情にどうしたの、と尋ねると、少し言いにくそうな顔しながらも口火を切った。

「How does this world look to you」
「……ええと」

先程のキスのせいでぼんやりする頭は突然出された英語に理解力が付いていかなかった。
それを見越してか、矢島さんはその部分だけをもう一度リズムに乗せて歌う。
どこかで、聞いたことのある曲。
そこで思い出した。
初めてここで彼と会ったときに、歌っていた曲だと。

「君の目にこの世界はどう映っているんだろう」
「……」
「夢なんじゃないかと時々思うんだ」
「矢島さん」
「けど、ここで俺と名前は会ってそれで、こうしてる」
「……」
「もし、自惚れじゃないなら聞きたいんだ」
「……え?」
「名前の目に、この世界はどう映ってる?」

風に乗ってパラパラと捲れる雑誌。
展覧会のパンフレットは都合よくも私の作品が印刷されているページで止まった。
そこに載る、あの文化祭ライブでの彼の姿。
そこから全ては始まって。

「矢島さんがいる世界は、幸せで、カラフルです」

もちろん、これからもずっと続く。
そんな世界であってほしい。

世界を変える力



20090405~20090420 end
成瀬