×長編 | ナノ
「苗字! お前こないだのプリント適当にやっただろ」
拳骨でも振り出してきそうな形相で数学教師はわたしを見下ろした。男の人の中でも格段とがっちりしてる体系のそいつはまるでヤクザみたいだ。八草という名前らしいけど裏でみんながヤクザと呼んでいる理由はそこからあるのだろうか。とりあえずへーへーと不真面目な回答が気に食わなかったのか、職員室中に聞こえるほどの大声でそんなんだと内申あげられねーぞ! と偉そうに言った。ほんと、偉そう。
「適当じゃなくて真面目にやった結果があれなんですー」 「お前の言い方が説得力持ってないぞ」 「元々なんで、すいません」
たまたま担任に日誌を提出しに来た倉持がこっちを見て馬鹿笑いしてるのを見つけた。て言うかお前の方が笑えるよ。あの倉持が真面目に日誌書くとか、ウケるし。
「罰として明日の一時間目の自習用プリント、クラスまで運んどけ」 「えー」 「えーじゃない。先生は明日出張だからな。しっかりやらせとけよ」
そんなの日直かクラス委員の仕事じゃないか。面倒だなぁ。どうせ倉持も居たし手伝わせるか、とあいつがいたところを見ればもういない。……すばしっこい。はーあ、と盛大な溜息を付きながら重たいプリントを両手に抱え、職員室の扉を無造作に足で閉めたときだった。
「苗字先輩」 「あ、降谷だ」
よく会うね、なんて笑っても彼はうんともすんとも言わない。何ていうか、無愛想。これはわたしも御幸に一票あげよう。どっしりとしたプリントに手が若干震えてる気がするので早々に別れて教室行こう。
「……よくプリント運んでますね」 「降谷に会う時にたまたま持ってるだけだよ」 「プリント運び屋なんですか」 「テメェ人の話聞いてたか」 「女の人がテメェとか使っちゃいけないと思うんですけど」 「人、の、話、聞いてましたか!」 「……」
無視か。あー、確かに扱いづらいかもしれない。まぁいいや。とりあえずプルプルしてきたし、腕。日ごろの運動不足が祟ったのかなぁ。なんて冗談半分本気半分でそろそろいい加減行かなきゃな、と足を教室方向に向けた時だった。
「お、」
ひょいっとでも音がしそうな程軽々しく降谷がわたしからプリントを奪った。両手で抱えていたことをバカにするように片手で。もう片方の腕は自分の鞄を肩に掛けていたからか。それでも顔色一つ変えることなく降谷は教室、どこですか、と尋ねてきた。おいおい今日も部活だろうに。いいのか野球少年よ。
「別に。遅れても大丈夫だから」 「あ、そ。そこまで野球部って厳しいわけじゃないんだ」 「厳しいですよ、でも」 「……まさかまた補習?」
言葉に詰まったように彼は黙り込んだ。文句はないけどこうも毎日補習があるのもかわいそうだなぁとわたしは笑う。それをバカにしたと捕らえたのか睨むように降谷がこっちを見てきた。
「感謝の言葉、聞いてないんですけど」 「何の」 「プリント持ってあげたでしょ」 「頼んでないもんね〜」 「あそ。じゃ、自分で持ってください」 「ぎゃー! いきなり頭に全重量乗せるな! 首折れる!」 「折れたら死にますよ」 「死ぬって! これは死ぬって!」
クラス全員分×五枚。て言うかそれ以上に重さを感じる気がするんですけど!どんだけ明日の数学の時間プリントやらせんだよ!と的外れな不平を思いながら漸く彼の身長縮ませ攻撃から逃れた。これ以上小さくなったらどうしてくれる。
「……教室どこですか」 「御幸のクラス」 「だからどこですか」 「まさか先輩のクラスも知らないの?」 「……」 「ぎゃー! 身長縮む! 縮む!」 「縮めば?」
教室までのささいなやり取りが、少しだけ彼との距離を縮ませてくれた気がした。でも身長は縮めたくない。
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