×長編 | ナノ


ラフ画から下書きに進むまで大抵いつもの私の場合は時間を有したはずなのに、今回は結構スムーズにステップを踏むことが出来た。
この分だと色をつける日もそう遠くない。
遠くないけれど。
そうなると理由付けが難しくなっていく。
どんどん彼に会う機会は減っていくというのに。

『ちょっと早いけど冬休みの課題』
砕けた口調みたいな文字が黒板に書かれているのを見つめながら、そうかもう冬休みかと呟いた。
その声は幸い誰にも聞かれることはなかったけれど、心の中でひっそりとそれはもう盛大に溜息をつきたくなった。
冬休み。
近付く十二月。
まだ十一月とは言え、月日の早さは高校に入学してからの二年間で大分実感していた。
ついこないだ入学したばかりなのにもう二年、こないだ二年になったばかりなのにあともう少しで三年。
そんなんだから十二月の冬休みまでの三週間とちょっとなんて、あっという間に違いない。
裏腹に思う。
年内に一枚は描き上げたい、とも。

- - -

「なんだか元気がないね」

バスケ部に見学、もといモデルの対象として通い始めてから四日が経っていた。
その間に知り合った佐伯さんがひょいっと私の顔を覗き込む。
端正な顔立ち。
それに少しの気恥ずかしさを覚えながらそうですか、と答えた。

「シマケンと喧嘩でもした?」
「あの」
「ん?」
「その、シマケンって」
「え?」
「どうしてシマケンなんですか?」
「え、名前ちゃん。あいつの本名知らないの?」
「……そういえば知らないです」

本名。
ああそうか。
本名から由来してるんだ。
ずっと気がかりだったことがすっきりしたと同時にちょっと複雑な心境になる。
知り合って、そんなに経たないから仕方のないことかもしれないけどでも、本名知らないってやっぱり変だよね。
そんな私の心を汲み取ったのか、佐伯さんが取り繕うように笑った。
あいつお堅いし、気にしなくてもいいと思うよ、なんて。
なんだかおかしかったから、笑った。

色合いを見るための配色カードや、カッター、消しゴムなどなど、忘れ物がないかの確認と同時に後片付けを始めた。
アリーナ中央ではバスケ部がダウンを行っている。
それを見届けた後で、私は全ての道具を鞄に仕舞い込んだ。
今日は家に帰ってから、続きをやるつもりだから、用具は出来るだけ持ち帰りたい。
少し重くなった鞄を両手に抱えながら私はステージから降りる。
同時に目の合った佐藤先生に今日もありがとうございましたと一礼した後で私はアリーナを出た。
さすがは十二月間近。
外はコートがもう一枚欲しいと思うくらいの寒さまで冷え込んでいた。
夕日も落ちてしまったということで辺りに人影はない。
背中に残るアリーナの光と暖かさを名残惜しく思いながらも私は足を進めた。
その、時。

「苗字さん」
「ひいっ!」

また、も。またもやらかしたと思った。
思わず口を塞ぐも後の祭り。
どうしてこの口は瞬間的な悲鳴がイコール、ホラーになるんだろう。
後悔しながらも振り向くと、少し口元を緩めた矢島さんが、ジャージを羽織った格好で立っていた。

「ホラー映画がそんなに好きかい?」
「……え、あの、さ、寒そうですね」
「……ああ、まあ。それで」
「あ、はい」
「この後、着替えないといけないから」
「はあ」
「時間を喰うかもしれない」
「あの、何の話ですか」
「ついでに来栖や佐伯達も一緒だ」
「や、矢島さん?」
「それでも良かったら」

送らせて。

頭の中が一瞬だけ、フリーズ。
凍りついたか消えたか。
いやどっちでもないです。
縮こまっていた体が次第に火照り始める。
慌てて彼を見上げた顔。
暗くてよかった、と安堵した。
きっとバレバレなくらい、赤くなっているだろうから。


11
「あ、でも」
「ん?」
「あの……黒塗りの車」
「ああ、……その表現もどうかと思うけど。今日は来ないよ」
「じゃ、じゃあ良かったです」
「そんなに怖かったんだ、うちの車」