×長編 | ナノ


「ええと、その、いきなりでびっくりしたと言いますか」

我ながら言い訳がましいとは思ったけれどこれは本当の話。
恋とはまだ分からないけれど、少なくとも気になっている相手がいきなり現れたら誰だって驚くだろう。
矢島さんには分からない話かもしれないけれど、と隣を歩く彼を見る。

日向君とはちょっと違う。
無愛想で、とっつき難いイメージで、でも女の子に人気があるのは同じ。
だけど、何より違うのは私の歩調に合わせて歩いてくれること。
それがこの上なく嬉しかった。
だめだ、顔が緩む、と慌てて隠した頬。
それをなんとも思わないのか矢島さんは俯いた私の頭を軽く小突いた。

「ひ、」
「ああ、ごめん。俺に触られるのは嫌だったかな」
「え、や、ちが!違います!」

いきなりのことで、私は一歩後退するように体を傾けた。
その様子を勘違いした矢島さんが抑揚のない声で、問う。
違う、違うんです。
小突かれた頭の部分を手で押さえながら、そこに集まる熱の高まりにやっぱりどうしても顔が緩んでしまう。
触れてもらえた、嬉しさなんていつ感じて以来だろう。
そこで思い出す、今朝の授業中の夢。

やだ。
せっかく。
せっかく、嬉しい気持ちでいっぱいだったのに。
思い出すのは自業自得とは言え、気分が落ちていくのが分かった。
遂に歩みを止めてしまった私に、矢島さんが、振り向く。

「どうしたの」

そんなに私、酷い顔をしていただろうか。
心配そうな表情の矢島さんが、すっと私の顔を覗き込むような姿勢を取った。
偶発的とは言え、先日は抱きついた仲ではあるけど。
これは偶発的じゃない出来事の中で、一番の近距離だ。
思わず頭の方へ昇っていた熱が顔に集まる。
それに気付いてしまったのか、矢島さんがおかしそうに笑みを浮かべていた。

「顔、赤いけど」
「こ、これは!やや矢島さんが!」
「そう。で?」
「……え」
「どうしたの。元気なさそうだけど」

心配してくれているのかな。
ぼんやりとする頭の中でその感情だけが妙にはっきりしていた。
どう、答えよう。
けれど上手な回答っていうものをうまく探し出せないまま、結局私は首を横に振ることしか出来なかった。
昼休みの終わりがもうすぐで訪れる。
偶然とはいえ、今まで校舎内で会うことのなかった矢島さんとこうして会えたのに結局うまく話せないまま別れてしまうのだろうか。
落胆する気持ちとは裏腹に歩き出した矢島さんの背中を追うべく、足を踏み出す。

けれど、意識とは相反して、足が縺れてしまった。
ぐらりと後ろに揺れる体。
背中を向ける矢島さんの名前を呼ぼうとした。
呼ぼうとしたのに、出来なかった。
どうしてだろう、ああ、きっと。
頼っちゃいけないって、きっと頼ってもすぐ裏切られるって。
そう思ったのかもしれない。

「……苗字さん!」

ぷつりぷつり、
途切れていく意識の中にいたのは矢島さんと、過去の私。