×長編 | ナノ
「お、も……」
クラス全員分というのは何がなんでも無理があるだろう。 一冊だとあんなに軽いノートもクラス全員分が集まればその質量をずっしりとしたものに変え、着実に私の腕を圧迫していた。 悲鳴を上げそうなほどのその重量。 加えて嵩張るそれを何とか抱えた私は職員室までの道のりを思いながら重々しい溜息を付いた。
職員室まで行く途中で野球部の日向君に会った。 彼は興味なさそうな目を私に向けながら何してんの、と抑揚のない声で尋ねる。
「何で見れば分かること聞くかなー」 「……いじめられてんの?」 「どうしてそうなんの!」
手伝ってとは言いにくい、から出来るだけ短い会話ですぐに立ち去ろうとした。 二十人以上あるノートに腕がそろそろやられてしまいそう。 廊下にぶちまけるのだけは恥ずかしいから絶対にしたくないとゆっくりだった足を再び元のペースに戻す。 やれやれと溜息を付いた彼がすっと手を伸ばす。 途端に私の腕に掛かっていた負荷が減った。
「ひ、日向君……?」 「何?全部、持てって?」 「いや、別にそこまで図々しくないし!」
私の言葉に彼が珍しく微笑んだ。ような気がする。 ぐっと軽くなったノートを見下ろして、次に彼の手元を見た。 どう考えたって彼の方が重そうだ。
「もう、もうちょっと私持つよ」 「……めんどくさいからいい」 「めんどく……」 「腕震えさせた女放っとくのも後味悪いし」 「なにそれ」 「感謝しな、って話」 「……ありがとよ」 「可愛くねえ」
さすがは野球部なだけある。 半分以上あるノートの束を軽々と持つ彼の隣を歩く。 職員室までの道のりが急に近くなったような感じがした。 肩に入れていた力が少し抜けそうになりながらも私は彼の歩調に合わせて小走りでその後を付いていった。
「苗字、もう少し鍛えたら?」 「や、別に私鍛える必要ないし」 「運動不足は太」 「それ以上言わない!!」
日向君の言葉を遮って、私は強く言い放つ。 こうして日向君が意地悪いことを言ってくるのには慣れているけど。 でもなんだかんだ言って好きな子には甘いくせに。 知ってるんだぞ、と彼を見上げればなんだよ、と無愛想な顔。 同じ部の……えーっとマネージャーの子に見せる顔はもっと穏やかなのに。 ていうかそういう顔もっと見せたらモテるだろうに。 いや、いまも充分モテモテですけどね。
職員室までもう少しというところで日向君の足が止まる。 どうしたの、と振り向けば先程までの重量が体に圧し掛かった。 反射的に手元を見れば、今しがた持っていた冊数の倍はあるそれが追加されている光景がある。 思わず日向君の方を振り向いた。
「ちょ、ま、っいきなり……っ」 「ごめん。もうすぐそこだから……良いよな」 「良いけどさっ、事前に一言言っ……!」
再び腕が悲鳴を上げると同時に言った小言を無視して日向君は私を追い抜いて走って行ってしまった。 近くにあった窓のサッシでノート達を持ち易いように整えながら日向君の走っていった方向を見る。 そこには例のマネージャーさんがいた。 確か、三年の近藤先輩と付き合ってるとか噂があったけれど実際どうなんだろう。 日向君の片思いなのかな。 見つめる先に、決して私や他の友達には見せないような顔をしている日向君がいて、やれやれと息をつく。 全く、どこもかしこも幸せそうでいいですね、なんて年寄りくさいことを思いながら、行儀悪くも片足で割り込むようにして職員室への扉を開いた。 だってほら、両手塞がってるし。
ご苦労、なんてどこぞの悪い商人みたいな返答のみで私を解放してくれた数学教師に一応のお辞儀をして私は職員室の扉へ向かった。 腕がパキッとひとつ鳴る。 これは本当に運動不足かもしれないなあなんて暢気なことを思いながら、そっと職員室の扉を開いた時だった。 視界に入り込んだ世界。 いつもの職員室の前の廊下。 そして、
「……っ!」
思わず扉を閉じてしまった。 結構な音を立ててしまったためか、先生方の何人かがこちらを見てはどうしたーと声をあげる。 その声に、後ろ手でドアを抑えながら、私は何でもないです!と元気良く返答。 けれどその笑顔も凍り付いた。
「随分な反応だね」
……後ろ、振り向きたくないです。
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